FC岐阜の元社長が思うパラリンピックのあり方「国枝慎吾選手は国民栄誉賞に値すると思う」

【FC岐阜元社長 恩田聖敬 特別寄稿 2021】

 サッカーFC岐阜の元社長で自身がALS(筋萎縮性側索硬化症)であることを公表している恩田聖敬氏の「特別寄稿」。今夏、東京で行なわれた2020パラリンピックについて原稿を寄せた。


パラリンピックへの思いを語った恩田聖敬氏


 ひとりの障害者としてパラリンピックのあり方について物申したい。

 今回私は、パラリンピックを観ないといけなかった。障害者の可能性を語る者として学ばなければならない。ネット中継も含めてあらゆる競技を観た。時差のないおかげで今まで観たこともない競技も網羅することもできた。想像を絶するものがそこにはあった。

 そもそも、なぜオリンピックとパラリンピックをわけるのだろうか?

 一流のアスリートの戦いであることに変わりはない。例えば、走り幅跳びのパラリンピックの記録はオリンピックのそれと遜色ない。ボッチャだって同じ土俵で間違いなく戦える。ただ、もちろん全ての競技では無理だということもわかっている。

 だけど、想像してみてほしい。口にラケットをくわえて卓球をする。目の見えない60歳を越えた人がフルマラソンを完走する。目が見えないけど世界一になったブラインドサッカーのブラジル代表選手たちのプライド。

 ブラインドサッカーを観ていると、申し訳ないがワールドカップの日本代表の最終予選が空虚に見えた。

「試合あったの? 負けたの? ふーん」

 きっと選手たちは恵まれすぎている。彼らは視力を失ってもサッカー愛は続くのだろうか?

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