日本代表は「終わる」のか。迅速な監督交代が必要なこれだけの理由

カタールW杯アジア最終予選特集

 1998年フランスW杯アジア最終予選では、日本は3戦を終えた段階で1勝1分1敗だった。4戦目のカザフスタンに引き分けると、時の加茂周監督は解任の憂き目に遭った。オマーンに0−1、中国に1−0、そしてサウジアラビアに0−1で敗れ、3戦して1勝2敗、勝ち点3にとどまることになった今回はどうだろうか。

「森保(一)監督への信頼は全く揺るがない。監督采配についていろいろ言うのは簡単。森保監督を引きずり下ろそうとする人がいるかもしれないが、誰に代わったら確実に勝てるというのか。そんな簡単なことではない」とは、中国戦後に発した田嶋幸三サッカー協会会長のコメントだ。現在も同じ考えだとすれば、会長への信頼感は失われる。批判は倍加するに違いない。

「もちろん批判されることはわかっていますが、まだ終わってはないので。結果が出なければもちろん、協会、監督、選手は責任を取る覚悟ができていると思っているので、終わったときに判断してもらいたい」とは、吉田麻也主将が試合後、インタビューに答えていたコメントだ。

 しかし、こちらには「終わる」前に、何かを述べる権利がある。終わってからではマズいのだ。終わらせないためにはどうすべきかを意見するのがメディアの仕事である。終わるまで黙って見てろというのはお門違いもいいところ。吉田は主将といえども一選手であり、責任を取る立場にはない。代表監督や協会の会長と同じ立場に立って何かを述べる必要はない。

 くり返すが、考えなければならないのは、W杯出場への道を終わらせないためにはどうするか、だ。選手を代えるという手はもちろんあるが、実際は選手の顔ぶれは不動と言いたくなるほど変わっていない。毎試合、同じようなメンバーが判で押したように登場する。選手の顔ぶれは監督を交代させないと変わらない段階にきている。


サウジアラビアに敗れ、茫然と立ちつくす日本の選手たち

 なぜ毎度、スタメンなのか。柴崎岳はそうした疑問がつきまとう代表的な選手になる。言い換えれば、森保監督のお気に入りであることが周知された選手だ。サウジアラビアの決勝ゴールは、その柴崎が送ったプレゼントパスによって生まれた。吉田へのバックパスを、交代出場のフェラス・アルブリカンにかっさらわれた末に許したゴールだった。

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