横浜フリューゲルスの天皇杯優勝。不安と悲しみの中で戦い抜いた奇跡

Jリーグ27年からチョイス!
『私のベストチーム』
第10回:1999年の横浜フリューゲルス

 1998年10月28日。トルシエジャパンの初陣となるエジプト戦が、長居スタジアムで行なわれた。しかし、試合前から、新聞記者たちは代表戦とは関係のない情報の確認のために動いていた。

 日本代表がエジプトに1−0で勝利を収めたあとの深夜、「横浜フリューゲルス、横浜マリノスに吸収合併」というニュースが飛び込んできた。翌日のスポーツ紙の一面は、すべてその話題で占められていた。そこから、横浜フリューゲルスの最後の戦いが始まった。


天皇杯のカップを高々と掲げる山口素弘(横浜フリューゲルス)

 吸収合併のニュースが流れたとはいえ、合併調印までは約1カ月あった。それまでに白紙撤回ということにはならないだろうか。サポーターはJリーグに嘆願書を提出。試合会場でも署名活動を行なった。試合出場どころか、ベンチにも入れない若手選手が自発的に寮から最寄りのJR鴨居駅前で署名を集め始め、主力選手やチームスタッフも横浜駅前で署名活動を行なった。

続きを見る

関連記事(外部サイト)