肉眼で追えぬ!ロンドン五輪の激闘が日本フェンシング躍進の礎となった

PLAYBACK! オリンピック名勝負———蘇る記憶 第35回

スポーツファンの興奮と感動を生み出す祭典・オリンピック。この連載では、テレビにかじりついて応援した、あの時の名シーン、名勝負を振り返ります。

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 2012年ロンドン五輪のフェンシング男子フルーレ団体で、日本は史上初の銀メダルを獲得。このメダルは、08年の北京五輪で個人銀を獲得して日本フェンシングの歴史を変えた太田雄貴が大きな目標として目指してきたものだった。

2012年ロンドン五輪フェンシング男子フルーレ団体で銀メダルを獲得した日本メンバー。左から太田雄貴、三宅諒、淡路卓、千田健太

 日本のフルーレは、03年にウクライナ人のオレグ・マツェイチュク氏をヘッドコーチに招聘(しょうへい)して以来、着実に力を伸ばしてきた。

 07年、北京五輪出場権獲得を懸けたランキング争いが激化する中、太田が9月に世界ランキングを5位に上げた。日本はこの頃、団体戦でも力を伸ばし、ワールドカップで2勝して、団体として一時世界ランキングトップに立っていた。

 ただし、五輪で実施される団体戦は、規定で男女計6種目(フルーレ、エペ、サーブルのそれぞれ男女)中4種目のみ(東京五輪は6種目実施予定)。北京五輪では、男子フルーレ団体は行なわれない順番だった。

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