辛辣すぎるヤンキースファンを沈黙させた2人の日本人メジャーリーガー
2023年05月17日 07時00分WANI BOOKS NewsCrunch
■世界一“野蛮”なヤンキースファンのおもてなし
「ニューヨーカーは世にも稀に見る辛辣なスポーツファンだ」
そう聞いたことはありませんか? たしかに、ホーム戦では敵チームへの野次が凄まじいし、正直、品がないときも多いです。昨年はニューヨーク・ヤンキースのホーム戦で、対戦相手のクリーブランド・ガーディアンズ選手を目がけて、ライトスタンドからゴミが投げつけられた事件が記憶に新しいかもしれません。
そして、時に大きく話題に取り上げられるのは、“自チームの選手”へのブーイング。日本では余程のことがなければ起き得ないことはニューヨークでは日常茶飯事。野球では「ヤンキースのファンによる不調な選手へのブーイングが容赦ない」という話が一番有名ですが、向こう岸の(ニューヨーク・)メッツファンも2年前には自チームをブーイングしすぎる余りに、選手が活躍時のポーズとして「ファンへ向けたサムズダウン」を採用したことが物議を醸しました。
バスケチームのニューヨーク・ニックスも、かなり過激なファンベースを持つことで有名であり、先日プレイオフで敗退をした際には、一部のファンが自チームのジュリアス・ランドル選手が載ったポスターに落書きをしたり、足踏みしたことが取り上げられたりしました(奇遇?にも昨年、このランドル選手も自分へブーイングするファンに対しサムズダウンを向けた事件がありました)。
私も根っこからのニューヨーカーですが、このような度が過ぎた行為は苦手ですし、現地観戦の際にこのような場面に出くわしたときには、全力無視をするか早々に立ち去るかにしています。しかし、誉められない治安の悪さのなかでも一つ言えることがあります。それは「ニューヨークのファンは(ある意味)ロジカル≒筋が通っている」ということです。
■ジーターやリベラにすら向けられた激しいブーイング
ヤンキースに絞ってお話をしましょう。信じられない話かもしれませんが、ヤンキースで活躍をしたスーパースターらも、ほぼ全員ブーイングをされた経験があります。ヤンキース史上最強のショートかつ第15代キャプテン、デレック・ジーター選手。歴代最多の652セーブを挙げた史上最強のクローザー、マリアノ・リベラ選手。昨季62本塁打を放った現キャプテン、アーロン・ジャッジ選手……といったヤンキースファンに最も愛された選手たちでさえ例外ではありません。
逆に言うと、「どれだけ実績があったとしても不調時には責任を取らされる」という極限まで実力主義な文化の表れであります。ジャッジ選手がブーイングされたのは、リーグ新記録の62本塁打目を放った数日後でした。ジーター選手の名言「ヤンキースファンは歓声を上げたいからブーイングをするんだ」が、まさにそれを体現しているのではないでしょうか。
そんななか、「長年活躍をしたのにブーイングされたのを聞いたことがない」と最近になって改めてファン間で話題になっている選手がいます。それはニューヨークでも、日本でも伝説とされている松井秀喜選手です。
2009年のワールドシリーズで大暴れをしてワールドシリーズMVPを獲得したことでも有名な松井選手ですが、ヤンキース在籍7年間で打率.292、OPS .852、140本塁打(OPS+123=当時の平均より23%優れた打撃成績)と安定的な成績を残し、極端な不調に陥ったことがなかったことが、今でもファンに好印象を与えていることでしょう。
プレイオフでは、もう一段階ギアを上げ、6年56試合の出場で打率.312、OPS.933、10本塁打と常に勝利へ貢献をしてきました(そして、あのワールドシリーズの成績を改めて見ると、6試合で打率.615、OPS 2.027、3本塁打8打点という数字がとにかく異次元すぎる)。
そのうえ、人格面でもファン・メディア対応やチームメイトからの評価も著しく高かったこともあり、ファンにブーイングをされる隙すら与えなかった松井選手。伝説なヤンキースキャリアから10数年経つ今でも話題に上がる彼は、ニューヨークにとって本当に特別な存在であり、ヤンキースの最後のワールドシリーズ制覇だった2009年が遠ざかれば遠ざかるほど、彼の評価が上がり続けていくでしょう。

▲ファンにブーイングをされる隙すら与えなかった松井選手 写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ
■“ロジカル”に行われているヤンキースファンのブーイング
話を戻しますが、ニューヨークのファンが“ロジカル”というお話は、実は敵チームへの対応でもそれなりに見えてきます。基本路線としては「敵チームへの野次やブーイング=敵を精神的に疲弊させることで自チームをサポートする」という前提のもとで全力で行われます。
しかし、この敵チームへの対応は相手によって濃淡がついたりします。わかりやすい例では、2017~18年に電子機器を使用したサイン盗み不正を起こしたヒューストン・アストロズ相手には、宿敵レッドソックス相手以上に猛烈なブーイングと野次が向けられました。
2017年プレイオフにて、ヤンキースがサイン盗み全盛期のアストロズと直接対決をし、接戦で敗北をしてしまったため、多くのファンの心理としては「アストロズが不正をしていなければヤンキースが勝てたのでは」となっています。終わったことはやり直せないが、犯した過ちを忘れさせまい――アストロズにとって居心地の悪い環境をいかに作り出すか、という考えの元で通常の数十倍も気合いが入っていると言えるでしょう。
今やアストロズから他チームへ移籍をした当事者のカルロス・コレア選手(現ミネソタ・ツインズ)やジョージ・スプリンガー選手(現トロント・ブルージェイズ)も痛烈な攻撃から逃げられない一方、当事はアストロズに所属をしていなかったカイル・タッカー選手やヨルダン・アルバレス選手は他チーム並み(?)のブーイングに留まっていたりと、ただただ野蛮そうなファン対応にも意外とロジックが通っています。
なお、2017年の最大級の戦犯と言えるマーウィン・ゴンザレス(現オリックス・バファローズ)が昨年ヤンキースへ加入をした際には、かなり多くのファンに嫌われたまま、わずか1年で退団となりました。
■辛口ニューヨーカーも脱帽! 大谷翔平の圧倒的な実力と人格
その一方で、意外と他球団のスターに敬意を表す場面もあったりします。直近で最もわかりやすい例は、やはりあの男――大谷翔平選手です。先日、私はヤンキースタジアムでエンゼルス戦を現地観戦しましたが、大谷翔平選手へのブーイングがほとんどなく、純粋にびっくりしました。
彼がMLBデビューをした当時は「ヤンキースを蹴ってエンゼルス入りを選んだ!」という小学生のような言い分でブーイングを受けていたことがメディアでも取り上げられていましたので、敵であり続ける限りは永遠にブーイングの対象となるものだと勝手に思っていました(シアトル・マリナーズの本拠地でも似たようなことが起きましたが、やはりどこのファンも自チームに来て欲しかったですからね…)。
しかし、今や彼は「味方」「敵」の枠域を超えた“must-see”(絶対に見逃してはならない)という存在へ進化をしています。どんなにワイルドなヤンキースファンでも「大谷は異次元のスーパースター」として認め、彼が打席に立ったときは、ほんの一瞬でも「ホームランを打ってほしい」と思ってしまったりするのではないでしょうか。
実際、先日ヤンキーススタジアムで超高速弾丸ホームランを放った際には、あまりにも当たりが痛烈すぎた衝撃で場内が一瞬静まり返ってしまいました(と現地2階席にいた私は勝手に感じましたが、他の客席では違うかもしれません笑)。
そして、大谷選手も松井選手同様で、人格面においては全く否定をする余地がない点も大きいですよね。「稀に見る紳士である」と定評のヤンキース16代目キャプテン・ジャッジ選手が他チームのファンに好かれざるを得ないのと同様で、ヤンキース以外の選手を憎むことに快楽を覚えるニューヨーカーらが素直に大谷選手の虜となってしまっています。
前回のヤンキースタジアム訪問記でも取り上げたとおりですが、もはやヤンキースを見に来たのではなく、大谷選手を見に来た人らが大量発生をしていた異常事態が発生していました。こんなことは今後二度と起きないのではないでしょうか。
大谷翔平観戦記 in ニューヨーク・ヤンキースタジアム | KZillaのニューヨークだより:ヤンキースときどき大谷翔平 | WANI BOOKS NewsCrunch(ニュースクランチ)( https://wanibooks-newscrunch.com/articles/-/4261 )
■おまけ:時にはニューヨーカーならではのセンスフルなブーイングも!
大谷選手といえば、先日まで彼の女房役を務めていたローガン・オホッピー選手も、じつは幼少期からのヤンキースファンだったのはご存知でしょうか。
それもそう、彼も生粋のニューヨーカーで、ブロンクスからすぐ東にあるロングアイランド(ニューヨーク州南東部に浮かぶ島)出身なのです。そんな彼が選手としてヤンキースタジアムデビューを果たした際には、ヤンキースファンのロングアイランド勢が総出で彼を応援していました。9イニング間、私の後ろから
「オホッピー、お前はニューヨークの誇りダァ」
「エンゼルスは嫌いだけどオホッピーは好きダァ」
「お前ら、オホッピーはジモティだぞ応援しろヤァ」
と、これでもかという、濃い濃いロングアイランド方言で永遠と聞かされて笑いが止まりませんでした。挙句には別のファンが「うるせえお前、アイランダーズ負けてるぞ!」と絡み始め、二人が笑い転げながら野次を交換する合間に試合終了しました。めでたしめでたし。意外と行ってみると面白い人もいますよ、ニューヨーク。
※ニューヨーク・アイランダーズはロングアイランドを本拠地としたアイスホッケーのチーム
〈KZilla〉
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