夏の甲子園でレフトフェンスに右手が挟まって抜けなくなった珍事件

夏の甲子園でレフトフェンスに右手が挟まって抜けなくなった珍事件

夏の甲子園でレフトフェンスに右手が挟まって抜けなくなった珍事件

 今年の夏で11年連続14回目の出場を果たしただけでなく、14回の出場のうち11回で初戦突破を果たしている聖光学院(福島県)。今年も初戦でおかやま山陽(岡山)を6‐0で、2回戦で聖心ウルスラ(宮崎)を5‐4で降すなど、今やすっかり福島県を代表する甲子園常連校だが、かつての福島県代表は、なかなか甲子園で初戦突破できなかったという苦難の歴史がある。

 この事件はそんな時代に起きた珍エピソード。“平成の怪物”松坂大輔(福岡ソフトバンク)擁する横浜(神奈川)が史上5校目の春夏連覇を達成した98年第80回大会での出来事だ。この年の夏、福島県代表として出場した日大東北は初戦で宇部商(山口)と対戦。2‐4で迎えた6回裏、宇部商の攻撃でそれは起きた。宇部商の打者・清水夏希の打った打球はグングン伸びてレフトフェンスを直撃。この打球を捕ろうと飛び込んだ日大東北のレフトが渡辺功之だった。

 そして次の瞬間である。球場内全員の目に飛び込んできたのは、捕球できずに、しかもそのまま動くことができなくなってしまった渡辺の姿だった。ザワつく球場内だったが、実は渡辺の右手が何とラバーフェンス下に取り付けられているブリキ板と地面とのわずか1.5センチのすきまに挟まり抜けなくなってしまったのであった。

 この間に打った清水夏希選手は悠々と生還しランニングホームランに。この直後、試合は渡辺選手救助のため、約10分間中断。救出された渡辺は軽傷で大事には至らなかったが、結局は退場するハメになってしまった。さらに悪いことに主力選手を失った形となった日大東北にとってはこのランニングホームランの1点が“傷口に塩を塗り込む”ようなダメ押し点となり、2‐5で悔しい敗戦となってしまったのだ。

 なお、この日の夜、甲子園球場側と夏の甲子園大会本部は同様の事故再発を防ぐために、突貫で改良工事を行ったという。

(高校野球評論家・上杉純也)=敬称略=

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