批判を称賛へ変える松坂大輔、かつての本拠地に帰還 再び所沢のマウンドへ

批判を称賛へ変える松坂大輔、かつての本拠地に帰還 再び所沢のマウンドへ

中日・松坂大輔【写真:荒川祐史】

西武でプロのキャリアをスタート、輝かしい実績を残してきた松坂

 高卒1年目から衝撃的な活躍で一世を風靡した「平成の怪物」が、かつての本拠地で古巣と相対する日がついに訪れた。中日の松坂大輔投手が16日の西武戦で先発登板する。慣れ親しんだメットライフドームのマウンドを踏むかつてのエースは、強力無比なライオンズ打線に対してどのようなピッチングを見せてくれるだろうか。

 松坂は横浜高校時代に夏の甲子園決勝でノーヒットノーランを達成する離れ業を演じ、同時に春夏連覇の偉業も達成。超高校級右腕としてドラフトの目玉となり、1998年のドラフト1位で西武に入団した。「平成の怪物」と称された松坂の快進撃はプロの舞台でも続き、ルーキーイヤーから16勝5敗、防御率2.60という圧巻の成績を残して新人王を獲得しただけでなく、10代の若さで最多勝のタイトルにも輝いた。

 その後も松坂はライオンズのエースとして活躍を続け、通算3度の最多勝、4度の最多奪三振、2度の最優秀防御率、1度の沢村賞と数々のタイトルを獲得してきた。その活躍ぶりはNPBの域を超えていき、日本代表のエースとしても数々の国際大会を経験。WBCでは先発の柱として第1回、第2回と続いた日本の連覇に大いに貢献し、2大会連続で大会最優秀選手にも輝いている。

 2007年からはメジャーリーグに活躍の場を移し、移籍1年目から先発ローテーションの一角としてレッドソックスのワールドシリーズ制覇に貢献。翌年は18勝3敗、防御率2.90という好成績を収めて存在感を誇示しており、世界最高峰の舞台でもその実力を発揮していた。

 ところが、その後は怪我に悩まされたこともあり、なかなか本来のピッチングを披露することができなかった。最初の2年間で33勝を挙げながらMLBでの通算勝ち星は8年間で56勝にとどまってしまい、2014年のオフに日本球界復帰を決断。ソフトバンクの一員として再スタートを切る形となった。

中日での好投で批判の声を称賛へと変えている松坂

 捲土重来を期していたはずの松坂だったが、ここでも相次ぐ故障に苦しめられて1軍登板すらままならない事態に。在籍3年間で唯一の登板となった2016年10月2日の楽天戦では1イニングを5失点(自責点2)と散々な結果となり、残ったのは1試合で防御率18.00という数字のみ。かつての輝きを知る人々からすれば、ソフトバンクでの3年間はあまりにも寂しい結果に終わっていた。

 それでも、松坂は現役続行を諦めることなく、中日の入団テストを受けて契約を勝ち取り、自身初めてセ・リーグの球団でプレーすることに。故障続きだった過去3年間の経過を理由に懐疑的な視線も少なからず向けられていたが、かつての怪物は自身のピッチングによって批判の声を称賛へと変えている。

 松坂はここまで7試合に登板して3勝3敗、防御率2.41と上々の数字を残しており、先発陣の一角として奮闘している。6月8日のソフトバンク戦では味方の守備の乱れもありながら5回1失点と大崩れすることなく試合を作り、古巣相手に好投を見せて見事に勝ち投手となった。

 現在の西武はユニホームも含めて松坂が在籍していたころとは大きく様変わりしているが、かつてバッテリーを組んだ経験も持つ炭谷をはじめ、栗山や中村、そして松井稼頭央といったかつてのチームメートたちも在籍している。先述の3選手はともに交流戦に入ってからも出場機会を得ており、かつての戦友たちを相手に松坂がどのようなピッチングを披露してくれるかも見ものだ。

 若き日に圧倒的な存在感を示した所沢のマウンドに上がるのは、「平成の怪物」にとってはおそらくその平成で最後の経験となるであろう。長きにわたった苦難の日々を乗り越えて、再び1軍の舞台へと帰ってきたかつてのエースを迎えて行われる試合は、松坂本人のみならず、ライオンズを愛する多くの人々にとってもきっと特別なものとなるはずだ。(「パ・リーグ インサイト」望月遼太)

(記事提供:パ・リーグ インサイト)

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