2軍で打率4割を――大胸筋断裂を乗り越え西武入り、甲子園優勝ドラ2の現在地

2軍で打率4割を――大胸筋断裂を乗り越え西武入り、甲子園優勝ドラ2の現在地

西武・西川愛也【写真:篠崎有理枝】

花咲徳栄高で甲子園優勝「今までの人生で一番うれしかった」

 交流戦を10勝8敗の6位で終え、パ・リーグ首位をキープしている埼玉西武。そんな中、6月13日には、2016年のドラフト1位、今井達也投手がプロ初登板初先発で初勝利をマーク、6月15日には高卒4年目の山田遥楓内野手が今季初昇格を果たすなど、10年ぶりの優勝に向けて若手選手の活躍にも期待がかかる。1軍を目指す若獅子たちを紹介する企画の第2回は、昨年の夏、花咲徳栄高のメンバーとして甲子園を制し、2017年ドラフト2位で入団したルーキー、西川愛也内野手だ。

 花咲徳栄高では2年春・夏、3年夏の3度、甲子園に出場。3年夏には埼玉県勢初となる夏制覇を成し遂げた。初めて甲子園の舞台に立った時は緊張して打席の記憶がなかったというが、3度目だった3年の夏には大舞台にも慣れ、甲子園優勝を「今までの人生で一番うれしかった」と振り返る。

「初めて甲子園に出た2年の春、試合後の取材で『打った球は何ですか』って聞かれて『初球のスライダーです』って答えたんですけど、後で試合の映像を見たら3球目だったんです。ヤバかったですね(笑)。3年の夏は優勝を目指すというよりも、目の前の1戦1戦を考えて戦っていました。優勝できた時は、これまでやってきたことが報われたと思いました。あれよりうれしいことは、これからもないと思います」

大胸筋断裂で遠投ができないまま戦った最後の夏

 3年の夏には「3番・左翼」で全試合に出場し、大会通算27打数9安打、10打点をマーク。決勝でも3安打4打点の活躍で全国制覇に貢献した。しかし、西川はバッティングでは活躍したものの、守備では遠投ができなかった。2年春の県大会決勝で、大胸筋断裂の大ケガを負っていたからだ。

「2年春の県大会決勝の試合中、ボールを投げた瞬間に雷に打たれたみたいになって。試合後に肩を見たらパンパンに腫れて真っ黒なあざになっていて、それを見て吐きそうになりました。『もう高校の野球人生は終わったな』と思いました」

 バッティング練習ができるようになったのは、それから1か月後だった。練習ができない日々が続いたが、ブランクは感じなかったという。その言葉通り、2年夏の甲子園は「4番・左翼」で出場。3回戦まで勝ち進み、10打数6安打、4打点の活躍を見せた。

 その年の11月に患部を手術。当時は「プロを狙える実力はない」と考えており、復帰は3年の夏に間に合わせられれば、と思っていたという。

「3年の夏になっても、完全な状態には戻らなかったですね。甲子園では、レフトにボールが飛ぶと内野手が近くまでボールを取りに来てくれました。本当にみんなに迷惑をかけました」

 西川は笑みを浮かべながら当時を振り返り、改めて仲間に助けられて掴んだ甲子園制覇の喜びをかみしめた。

プロで外野から内野に転向「率を残せるバッターになりたい」

 3年の途中から意識するようになったというプロ入りだが、アピールできるのはバッティングだけだった。それでもその打撃技術が評価され、埼玉西武から2位指名を受けてプロ入りの切符を掴んだ。憧れの舞台に立った西川だが、肩はまだリハビリ段階で、投げることには怖さがあるという。

「毎日決められた球数を投げ、インナー(マッスル)トレーニングや肩周りのストレッチなどのメニューをこなして、だんだん投げられるようになってきています。まだ思うように投げられないので、バッティング、走塁、守備の練習もボールを捕るだけですが、力を入れています」

 今、アピールできるところがバッティングだけということもあり、ファームで打率4割を残すことを目標に置いている。7月5日現在、43試合で打率.258。まだまだ試行錯誤は続く。

「ミート力とバットコントロールを磨いて、率を残せるバッターになりたいと思っています。プロのピッチャーは切れが違うので、対応していけるようになりたいです。将来的には、球界を代表する選手と言ったら、自分と言われるようになりたいです」

 高校時代は外野手として活躍したが、今は投げる距離が短い内野をどこでも守れるプレーヤーを目指している。日々リハビリを続ける19歳のルーキーは怪我を乗り越え、プロの世界で羽ばたこうとしている。(篠崎有理枝 / Yurie Shinozaki)

関連記事(外部サイト)