【あの夏の記憶】全治1年の重症、それをひた隠しに… 鷹・高橋純平を襲った2015年夏の悲劇

【あの夏の記憶】全治1年の重症、それをひた隠しに… 鷹・高橋純平を襲った2015年夏の悲劇

ソフトバンク・高橋純平【写真:荒川祐史】

注目を集めた夏の岐阜県大会では、ほとんど投げることなく準決勝で敗退

 今から4年前の2015年。全国の高校野球ファンから注目を一身に集めていた男がいた。県岐阜商の高橋純平投手。現在、ソフトバンクに在籍し、今季急成長を遂げている右腕である。当時は、最速150キロを超すストレートを武器に、世代ナンバー1投手の呼び声高く、ドラフト1位指名は確実、夏の甲子園での活躍を誰もが楽しみにしていた。

 だが、3年の夏、高橋純平はほとんどマウンドに立つことなく姿を消した。マウンドに立ち、ボールを投げたのは、準々決勝の中京高校戦のみ。それも、わずか打者7人に対して投げただけだった。準決勝の斐太高校戦ではマウンドに立つことすらなく、姿を消した。

 左太もも裏に負った肉離れがその原因だった。当時は全治3週間とされていたものの、実際のところは、本来であれば、投げることすらままならない重症だった。一体、あの夏、日本中の注目を集めていた高橋に何が起きていたのか。今、その真実が明かされる。

 その年の春のセンバツでセンセーショナルな活躍を見せ、一気にその注目度を高めた高橋純平。最後の夏に向けても順調に調整を進めていただが、岐阜県大会の開幕直前に悲劇に襲われた。

「7月4日でした」

 日付も鮮明に覚えている。そして、その瞬間もハッキリと脳裏に焼き付いている。その瞬間、18歳にとっての最後の夏が“悪夢”となった。

全治3週間とされた肉離れ、実際は完治に1年という重症だった

 前日の雨の影響で、ぬかるみの残るグラウンドでの練習中だった。投内連携の最中、アクシデントは起こる。一ゴロ併殺の練習。ベースカバーに入った高橋は、ショートバウンドになった遊撃手からの送球を掬い取ろうとした。その瞬間だった。「足が開いて、そこで1回伸びた感じになった」。左太もも裏に痛みが走った。

 それで済めば、まだ良かった。悲劇は続いた。その数秒後。高橋がグラウンドに座り込んでいた所に、次のノックの打球が飛んできた。ゴロを処理しようとした一塁手が近づいてくる。懸命に避けようとしたが、間に合わなかった。足が絡まる。重なって倒れ込む2人。次の瞬間、何かが千切れるような音がした。

「ブチッ」

「終わった……と思いました。それまでに経験してきた肉離れとか、疲労骨折とは比べものにならない痛みでした」。尋常じゃない痛みに、ただ事では済まないことはすぐに分かった。病院で受けた診断結果は重度の肉離れ。しかも、1箇所ではなく、一度に3箇所も肉離れしていたという。

 公にされていたのは全治3週間。回復具合によっては県大会の終盤、準決勝や決勝には間に合うものとされていた。だが、実際は違う。医者から告げられたのは、筋肉の修復に3ヶ月、リハビリを経て完治するまでは約1年はかかるとの診断。岐阜県大会どころか、仮に甲子園に出場できたとしても投げるのはほぼ不可能だった。

 ただ、高橋と小川信和元監督は、その怪我をひた隠しにすることにした。「僕が投げられないというのが表に出て他校がそれを知るのは、何1つとして県岐阜商にとってプラスにならない。相手が上から目線で来るだけの材料にしかならない。だから、隠せるところまでは隠し通そう、と決めました」。開会式では何事もないかのように入場行進を行い、試合前のアップも通常通りこなした。足が痛いにも、関わらずだ。

2015年夏に負った怪我は尾を引き続け、痛みがひいたのはプロ1年目の秋になってから…

 肉離れが明るみになった後も、努めて軽症であるかのように振る舞った。少しでもチームに有利に働くようにと、痛む足を無理に動かした。いつでも、投げられる――。そう他校に思わせるためでもあった。準々決勝の中京高校戦も強行登板。1回2/3を投げたものの、力はまるで入らない。当然だった。「力の入らない状態でよければ、投げられはしましたけど…」。準決勝、マウンドに上がることなくチームは敗戦。甲子園出場はならなかった。

 完治まで約1年かかるとされた大怪我。甲子園には出場できず、治療に専念できると思いきや、そうもいかなかった。高校日本代表に選出され「WBSC U-18ワールドカップ」に出場することになったのだ。左足に痛みの残るまま、4試合に登板。体をしっかりと休められるようになったのは、10月も近くなってからだった。

 その年のドラフトで3球団競合の末にソフトバンクに入団することになった高橋。ただ、この夏に負った怪我はしばらく、彼を苦しめた。痛み、違和感はなかなか引かなかった。1年目の1月、新人合同自主トレ初日に左スネに痛みを発症し、いきなり離脱することになった。患部を庇うが余り、別の場所に負担がかかったのが原因だった。

「ほぼ1年間、足は痛かった。太ももが治りきっていなかったんです。実際に痛くなくなったのは、秋のキャンプになったくらいからでした」。2015年夏に負ったこの時の怪我は、医師の診断通り、完全に痛みが引くまで1年を要することになった。その後2年はフォームの試行錯誤を繰り返して悪戦苦闘した。迎えた、あの夏から4年が経った今。高橋は1軍のマウンドに立ち、18試合に登板。初勝利を含む2勝をマークし、防御率1.57と活躍している。(福谷佑介 / Yusuke Fukutani)

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