80歳で亡くなった元阪神・鎌田実氏 黄金期を支えた“守備職人”としてのキャリア

80歳で亡くなった元阪神・鎌田実氏 黄金期を支えた“守備職人”としてのキャリア

8月1日に亡くなった元阪神の鎌田実氏は現役時代に吉田義男氏と鉄壁の二遊間を形成した

1960年からRFはセ・リーグ1位、吉田義男氏と鉄壁の二遊間を形成

 8月1日、阪神タイガースの名二塁手、鎌田実氏が死去した。80歳だった。鎌田氏は1939年3月8日、兵庫・淡路島に生まれる。同学年には近藤昭仁氏た山本一義氏、並木輝夫氏、権藤博氏などがいる。

 洲本高校から1957年にタイガースに入団。入団時は遊撃手で名手・吉田義男の控えだったが、2年目の1958年に二塁手にコンバートされ、3年目には吉田義男と二遊間を組む正二塁手となる。

 吉田との二遊間コンビは、守備範囲が極めて広いうえに俊敏だった。167cmの吉田義男に対し、鎌田は当時としては長身の177cm。凸凹コンビでもあった。

 1959年から1963年までのセ6球団の二塁手の守備成績。RF(1試合当たりのアウト処理数)順。

〇1959年
土屋正孝(巨人)112試合 守備率.977 併殺参加数58 RF5.55
井上登(中日)105試合 守備率.969 併殺参加数54 RF5.33
小坂佳隆(広島)88試合 守備率.960 併殺参加数54 RF4.86
鎌田実(大阪)93試合 守備率.959 併殺参加数44 RF4.06
箱田淳(国鉄)81試合 守備率.969 併殺参加数37 RF4.02
中村敏行(大洋)80試合 守備率.977 併殺参加数37 RF3.65

〇1960年
鎌田実(大阪)130試合 守備率.976 併殺参加数78 RF7.52
土屋正孝(巨人)117試合 守備率.984 併殺参加数69 RF6.08
近藤昭仁(大洋)117試合 守備率.972 併殺参加数65 RF5.66
井上登(中日)117試合 守備率.971 併殺参加数54 RF5.44
小坂佳隆(広島)110試合 守備率.974 併殺参加数53 RF5.17
箱田淳(国鉄)79試合 守備率.976 併殺参加数38 RF3.55

〇1961年
鎌田実(阪神)127試合 守備率.970 併殺参加数80 RF7.37
土屋正孝(国鉄)130試合 守備率.981 併殺参加数86 RF7.06
近藤昭仁(大洋)123試合 守備率.981 併殺参加数71 RF6.83
小坂佳隆(広島)110試合 守備率.974 併殺参加数60 RF5.57
高木守道(中日)64試合 守備率.986 併殺参加数17 RF2.92
藤本伸(巨人)90試合 守備率.964 併殺参加数26 RF2.59

〇1962年
鎌田実(阪神)133試合 守備率.979 併殺参加数69 RF7.61
近藤昭仁(大洋)130試合 守備率982 併殺参加数74 RF6.94
土屋正孝(国鉄)116試合 守備率978 併殺参加数64 RF6.22
小坂佳隆(広島)124試合 守備率982 併殺参加数55 RF5.92
半田春夫(中日)89試合 守備率983 併殺参加数38 RF4.24
須藤豊(巨人)84試合 守備率984 併殺参加数48 RF3.88

〇1963年
高木守道(中日)131試合 守備率.978 併殺参加数90 RF8.19
土屋正孝(国鉄)135試合 守備率.979 併殺参加数93 RF7.44
鎌田実(阪神)96試合 守備率.970 併殺参加数49 RF5.27
近藤昭仁(大洋)113試合 守備率.980 併殺参加数70 RF4.68
小坂佳隆(広島)92試合 守備率.975 併殺参加数36 RF4.18
船田和英(巨人)88試合 守備率.970 併殺参加数55 RF3.80

 鎌田は初めてフル出場した1960年から3年連続でRF1位、この間、併殺参加数も1位、2位、2位だった。ただ、守備範囲が広い分、失策がやや多くなり、守備率で1位になったことはない。

 打者としては極めて早打ちで四球が少なかった。1961年は全試合出場して四球はわずか「9」だった。打っても吉田義男と1、2番コンビを組むことが多かったが、犠打は少なかった。ただ高い球に飛びついてゴロにし、安打、進塁打にすることがしばしばあり「鎌田の大根切り打法」も当時のタイガースの名物の一つだった。

 鎌田は1964年に本屋敷錦吾に清二塁手の座を奪われるが、翌年には奪還。この時期には、1963年フロリダキャンプで会得した「バックトス」で場内を沸かせた。ただ30歳を過ぎた相方の遊撃手吉田義男が対応できずにボールを落とすこともあった。

 1967年に近鉄に移籍。吉田義男はこの年には二塁にコンバートされ、黄金の二遊間コンビは消滅する。1970年に阪神に復帰、1972年限りで引退した。通算成績は1482試合4451打数1041安打24本塁打264打点84盗塁59盗塁死、打率.234。これほどの名手でありながら、オールスターには1度も出場していない。引退後は阪神、近鉄などでコーチを務めた。(広尾晃 / Koh Hiroo)

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