【MLB】選手からアナへ華麗なる転身 イチロー氏の試合も実況したフェアリー氏が死去

【MLB】選手からアナへ華麗なる転身 イチロー氏の試合も実況したフェアリー氏が死去

ドジャースなどで活躍したロン・フェアリー氏【写真:Getty Images】

選手として通算1913安打&215本塁打、1993年にマ軍専属アナウンサーに

 ドジャースやエクスポズ(現ナショナルズ)などで活躍し、引退後はマリナーズのアナウンサーとして親しまれたロン・フェアリー氏が10月30日に死去した。81歳だった。

 フェアリー氏は1938年7月12日、ジョージア州生まれ。南カリフォルニア大で名将デドー監督の教えを受け、1958年にドジャースに入団した(以下敬称略)。

 すでに有名選手だったフェアリーは入団1年目の1958年9月にメジャー昇格。1960年代は主に5、6番を打ち、外野と一塁を守った。シュアな打撃と堅実な守備でチームに貢献。外野は左翼、中堅、右翼、どこでも高いパフォーマンスを見せた。

 ドジャース時代のチームメートには、のちに阪急ブレーブスで活躍したダリル・スペンサーや広島でプレーしたゾイヨ・ベルサイエスらがいた。

 1969年6月にモーリー・ウィルスらとともにトレードでエクスポズ移籍。1973年にはメジャー昇格16年目で初めてオールスターに出場した。エクスポズのチームメートには、のち中日、クラウンでプレーしたウィリー・デービスがいた。

 1974年オフにトレードでカージナルスに移籍。1976年にはアスレチックスへ、1977年にはブルージェイズに移籍した。すでに39歳になっていたフェアリーはこの年、2度目のオールスターゲームに選ばれた(試合には出場せず)。1978年にエンゼルスに移籍するも、この年限りで引退した。

 通算成績は2442試合出場で7184打数1913安打、215本塁打、1044打点、35盗塁、打率.266。オールスター出場2回。

 ワールドシリーズにはドジャース時代の1959、63、65年に出場した。中距離打者でタイトルには縁がなかったが、守備能力が高かったことに加え、三振数877に対し、1052四球と選球眼が良かった。

 引退後はエンゼルスのアナウンサーとなり、ジャイアンツを経て1993年にマリナーズの専属アナウンサーになった。マリナーズではリック・リズ、デーブ・ヘンダーソン、デイブ・ヴァジェらとコンビを組んで試合中継を行った。

 2001年に入団したイチローの試合中継も数多く手がけている。2006年9月に引退を発表。選手時代から通算して、メジャーリーグに関わったキャリアは48年に及んだ。

 その後もスポット的に野球中継を担当。マリナーズファンに長く親しまれた。(広尾晃 / Koh Hiroo)

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