7年前の日本シリーズで危険球退場と死球 “因縁”の2人が描いた同じ「夢」

7年前の日本シリーズで危険球退場と死球 “因縁”の2人が描いた同じ「夢」

10月25日に指名挨拶会見を行った(写真右から)多田野スカウト、BC新潟の長谷川、樋口、伊藤スカウト【写真提供:新潟アルビレックス・ベースボールクラブ】

元日本ハムの多田野数人投手が元巨人の加藤健捕手の頭部付近に投げた球が物議 2人は今…

 あの日本シリーズから7年が経った。マウンドと打席で戦い、騒動の渦中にいた2人はもう、それぞれの道を歩んでいる。しかし、運命はまた交錯した。同じ夢を持ちながら、野球と向き合っていた。

 2012年、巨人ー日本ハムの日本シリーズ。4勝2敗でジャイアンツが日本一に輝いた。その出来事は札幌ドームでの第5戦で起きた。日本ハム・多田野数人投手が巨人・加藤健捕手の頭部付近のボールを投げた。加藤はその場で倒れこんだ。判定は死球となり、多田野は危険球退場。これが物議を呼んだ。

 映像をよく見ると、ボールは当たっていない。当たったかのように見せたことに「演技」「騙した」などと、審判だけでなく、加藤にも批判の目が向けられた。

 騙そうとしたわけではない。これは頭部に死球を浴びた人間にしかわからない恐怖という錯覚が引き起こした衝撃が要因だった。

 加藤は18年間の現役生活の間、2度、頭部死球を浴び、担架で運ばれた。ヘルメットが割れたこともあった。2009年9月、故・木村拓也さんが緊急事態に捕手を務めて、ピンチを脱した試合も、その直前に加藤が頭部に死球を受けて退場していた。

 現役引退後、この件に口を開いた加藤は当たっていないことを認め、日本ハムファン、そして多田野投手への謝罪の思いを口にしている。それは著書などでも明かしている。打席で倒れ、痛みがあるような仕草で一塁へ向かったのは、パニック状態の中、“強い衝撃”を体に感じたからだった。

「頭にボールが当たった時は、もう何が起きたかわからない状態です。(日本ハム戦の時も)同じように何が起きたかわかりませんでした。慌てて、バントの構えから、よけようとしたバットがヘルメットに当たってしまいました。目もつぶっていたので、それが頭にボールが当たったのかとあの瞬間は思ってしまいました」

 気が動転していたため、その衝撃が死球を思わせた。勢いよくその場に倒れ込んだため、地面に体を強く打っていた。加藤の中では体のどこかにボールが当たった錯覚が生まれ、自分で認識する時間もなく、審判から死球を宣告された。痛みを感じながら、一塁へ向かうと、ブーイングが聞こえてきた。

 ベンチに戻って映像を見ると、当たっていなかった。とはいえ、頂点を争う戦いをチームの一員としてやっている中で、自分がこの騒動について発言するわけにはいなかった。

同じ松坂世代 引退後、加藤はBC新潟の球団社長補佐兼コーチを経て来季は巨人3軍コーチ 多田野は日本ハムスカウト

 誠実な気持ちを持って18年、野球をやってきた加藤にとって、この日本シリーズから引退するまでずっと心に引っかかり、忘れられない試合のひとつだった。引退後も多田野やブーイングをさせてしまった日本ハムファンのことを気にし続けていた。

 加藤と多田野は“松坂世代”の同学年のプロ野球選手だった。しかし、現役中に接点はない。加藤は2016年に現役を引退し、ルートインBCリーグの新潟アルビレックス・ベースボールクラブの球団社長補佐に就任した。今年はベンチに入り、コーチとしても選手を指導した。来季からは巨人で再び、3軍コーチとして指導する。昨年の3月、加藤は多田野が現役引退セレモニーをすることが札幌ドームで行われると聞き、花を贈った。その後、関係者を通じて、電話で話す機会もあり、わだかまりは解けた。

 多田野は引退後、ファイターズのスカウトになった。ルートインBCリーグの試合会場で多田野スカウトの姿を見る姿が何度とあった。視線の先には新潟アルビレックスBCの選手ら多くの独立リーガーたち。自身も石川ミリオンスターズでのプレー経験があるため、チェックにも力が入る。

 試合後、ユニホーム姿の加藤は、多田野スカウトの訪問を喜びながら、話し込んでいた。1度だけではなく、何度も新潟の試合が行われる球場には足を運び、選手たちを見ていた。熱心なスカウトに、何とか選手をNPBに送り出したい指導者の構図だった。視察を終えた別れ際、加藤が「また、よろしくお願いします」と言うと、多田野も「こちらこそ、よろしくお願いします」と笑顔で挨拶をしていたのが印象に残る。

 そして、今年のドラフト会議。日本ハムは新潟からパンチ力のある樋口龍之介内野手(立正大)と150キロ超右腕の長谷川凌汰投手(龍谷大)を育成2、3位で指名。25日に多田野スカウトが新潟市内の球団事務所で、指名挨拶を行った。一人でもNPBの舞台に送り出したいという2人の思いが身を結んだ。樋口は「改めて指名挨拶を受け、気が引き締まりました。1日でも早く支配下登録されるよう、頑張ります」。長谷川は「北海道日本ハムファイターズの一員になれる日が近づいたことを実感しました。1日でも早く1軍のマウンドに立てるよう、今日から気持ち新たに努力していきます」と夢に向かって羽ばたいていく。

 もしも、まだ加藤に心残りがあるとすれば、多田野を退場にさせてしまい温かい心で知られる北海道のファンを失望させてしまったことかもしれない。もう7年の時が流れた。それでも忘れることはない。加藤はBC新潟を先日退団したが、今度はNPBに送り出した教え子が、北の大地でファンを沸かせる日を強く願っている。(楢崎豊 / Yutaka Narasaki)

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