育成出身が多数活躍、ホークスはなぜ選手が育つのか? 選手の言葉から検証

育成出身が多数活躍、ホークスはなぜ選手が育つのか? 選手の言葉から検証

ソフトバンクの甲斐拓也と千賀滉大【写真:荒川祐史】

10選手が育成から支配下へ…千賀、甲斐、石川、モイネロは欠かせぬ戦力

 8月に入り、ペナントレースもいよいよ佳境に差し掛かってきた。パ・リーグは楽天とソフトバンクが抜きつ抜かれつのデッドヒートを演じ、日々熱い戦いが繰り広げられている。

 そのソフトバンク。今季の前半戦は、近年例を見ないほどの危機的状況に陥っていた。開幕投手を務めた和田毅が左肘の手術で長期離脱となり、武田翔太が右肩炎症、千賀滉大が左背部の張りで一時離脱。スアレスも右肘のトミー・ジョン手術で不在で、五十嵐亮太も左太もも裏の肉離れで離脱中だ。野手でも内川聖一やデスパイネ、高谷裕亮といった主力が、怪我で一時チームを離れた。

 相次ぐ負傷者の発生で、普通ならば一気にチーム成績が下降してもおかしくない状況ではあった。それでも、順調に貯金を積み上げていった。苦境のチーム状況を救ったのは、急成長を遂げ、正捕手の座を掴みつつある甲斐拓也や、中継ぎとして開幕1軍に入り、先発へと配置転換された石川柊太、プロ3年目の松本裕樹といった頭角を現した面々であった。

 特に甲斐と石川は、プロ入団時は育成選手。そこから支配下契約を勝ち取り、今やチームにはなくてはならない存在にまで成長を遂げた。今、ソフトバンクには千賀滉大を筆頭にこの2人、そして飯田優也、二保旭、山田大樹、張本優大、フレッシュオールスターでMVPを獲得した曽根海成、牧原大成、釜元豪、そして、今季途中に加入したリバン・モイネロと、実に10選手が育成から支配下となった。そのうち千賀、甲斐、石川、飯田、山田、曽根、牧原、釜元、モイネロが今季1軍でプレー。言うまでもなく、千賀、甲斐、石川、モイネロは現在1軍で欠かせぬ戦力となっている。

 なぜソフトバンクはこれほどまでに育成選手が育ってくるのか?

 その疑問を、育成から育ち、チームに欠かせぬ存在となった千賀、甲斐の2人の言葉から紐解いてみた。

育成出身の千賀「成長できたのは、常に上の人を見ることができたから」

 2010年の育成ドラフト4巡目で、愛知県立蒲郡高校からプロの門を叩いた千賀。今春のWBCで侍ジャパン唯一の大会ベストナインに輝いた右腕は、自身がこれほどまでに成長した要因を、こう語った。

「成長できたのは、常に上の人を見ることができたことだと思います。それは、このチームだったからこそだと思うんですけど、凄い人がたくさんいた。僕がプロに入った時は和田さん、杉内さん、馬原さんがいて、摂津さんも先発するようになっていた。本当に凄い人がたくさんいた。ああ、こういうクラスにならないと、1軍で出られないんだって思いましたし、どんどん上を見ることができました。1軍で試合に出たら出たで、パ・リーグで戦う各球団の1軍の投手のことを凄いな、凄いなと思って。ああいう風になりたいと思って練習出来ますし、そういう環境だったと思いますね」

 千賀と同級生で同期入団、育成ドラフト6巡目で大分県の楊志館高校からソフトバンクに入団した甲斐も、右腕の意見に同調する。

「千賀の考えは確かにそうだと思います。先輩たちの姿を見て、これじゃ勝てないな、もっと力つけないと勝てないと思いました。あとは、僕の場合は、コイツには負けたくないという気持ちが強かったですね。(その年のドラフト1位だった捕手の)山下(斐紹)に。もちろん今もそうですし、まだ勝ったとも思っていないですけど、その分悔しい思いもしてきたし、なんとかコイツには勝ちたいと思っていました」

 そして、甲斐はこうも続けた。

「ましてや背番号は3桁だったし、2桁の選手に負けたくないという気持ちは強かったですね。全然違います。僕ら3桁ですよ。野球選手じゃないようなもの。『お前らはプロ野球選手じゃない』ってコーチとかにも言われていましたから。『ホークスのユニホームを着ているだけだ』と。のし上がってやろう、2桁に負けないでやろう。3軍でもアピールしてやっていこうと。何が出来るか、常に考えていましたね」

 お手本となるべき球界を代表する選手がいたこと、支配下選手に負けたくないというハングリー精神、そして、上の世界を目指す向上心を持てたこと、これが2人に共通することだという。

 ただ、それは他球団にも言えることである。育成選手は他球団にもいるし、お手本となるべきトップ選手もいる。それは、ソフトバンクに限ったことではない。

 他球団との違いとして、甲斐が指摘したのは「3軍」の存在だ。

3軍だけで年間70〜80試合を実施、支配下ルーキーや育成選手が実戦を重ねる場

「3軍があることで、僕らは試合に出られますから。他のチームには3軍ってないじゃないですか。巨人くらいですよね。それだと試合にはなかなか出られない。僕らの場合は3軍があって、試合に出られます。その中でアピールも出来るので、その環境がいいのかなと。試合に出て、その中で課題が見つかる。結果が出れば、自信がつく。結果を残してしまえば、2軍で試合に使えってもらえるようになる。数字を残せなかったら……という思いもあったし、そのために練習もしました。試合に出られるというのは大きかったですね」

 ソフトバンクは千賀や甲斐が入団した2011年より3軍制を導入し、今季で7年目を迎える(巨人は昨季3軍制を導入して2年目)。2016年には福岡・筑後市にファーム施設「HAWKS ベースボール筑後」が完成。主に2軍が使用する「タマホームスタジアム筑後」だけでなく、3軍が使用する「第二球場」があり、施設、環境面も充実したものになった。また、1、2、3軍の他にリハビリ組があり、3軍はゲームに出られる選手のためとなっている。 

 現在、ソフトバンクは3軍だけで年間で70〜80試合が組まれている。毎年7月前後には韓国にも遠征し、韓国プロ野球の球団との練習試合も行う。徹底的に体を鍛えながらも、実戦の場が与えられることで、モチベーションも維持でき、自身の取り柄や、課題を感じることができるようになっている。

 基本的には支配下のルーキー(特に高卒選手)は、この3軍に組み込まれる。育成選手は、12球団の支配下のドラフトで指名されなかった選手。現状ではプロの支配下には力が及ばないものの、体を鍛えれば、大化けする可能性を秘める選手や、一芸に秀でる選手が揃う。

 ソフトバンクが年に育成選手を7人も8人も指名するのは、この可能性、将来性を磨くチャンスを与えるためであることはもちろん、3軍が数多く試合をこなすためにも、必要なのだ。これでも、チーム内に怪我人などが出れば、3軍スタッフが試合に出ることだってある。他球団の育成選手にも、実戦の場はあるとしても、ソフトバンクの3軍のように、数多くの育成選手が、年に何十試合という試合に出ることは難しいだろう。

 ダイヤの原石となるべき素材を発掘してきたスカウト力もさることながら、この育成システムが、彼らの成長を支えてきている。千賀はプロ2年目に支配下となり、3年目にセットアッパーとして頭角を示した。甲斐は3年目のオフに支配下登録となったが、ブレークは7年目の今季。石川は3年目に支配下となり、4年目の今季に頭角を表した。3軍制が始まり、そのシステムが軌道に乗るまでに数年は必要になる。ソフトバンクはその成熟期を経たことで、育成選手から人材が輩出できるようになってきたのだろう。(福谷佑介 / Yusuke Fukutani)

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