元西武助っ人が19歳の松井稼頭央を回想 「米で成功しなかったのが驚きだ」

元西武助っ人が19歳の松井稼頭央を回想 「米で成功しなかったのが驚きだ」

楽天・松井稼頭央【写真:荒川祐史】

元同僚のジャクソン氏「まるでイチローみたいな肩だった」

 現在NPBでは40歳を超える野手が6人プレーしている。最年長は今季限りの引退を発表しているロッテの井口資仁で42歳。それに続くのが、松井稼頭央(楽天)の41歳だ。2人は共にメジャーでプレーした後、日本球界に復帰。井口は二塁から一塁へ、松井は遊撃から外野へコンバートされながらも、戦力としてはもちろん、チームの精神的な支柱として大きく貢献している。

 だが、2人が40歳を超えてもなお現役を続けていることに驚く人物は少なくない。1995〜96年に西武でプレーしたダリン・ジャクソン氏もその1人だ。メジャーで12年を過ごし、通算80本塁打、317打点を挙げた元外野手は、当時メジャーが長期ストライキに入ったために日本でのプレーを決意。海を渡ったその年に西武でデビューを果たしたのが、19歳の松井稼頭央だった。ジャクソン氏は松井に出会った当時の衝撃を回想し「ここ(アメリカ)で成功しなかったのが驚きだ」と話しているという。米データサイト「ファングラフス」が伝えている。

 31歳で西武入りしたジャクソン氏は、高校を卒業したばかりだった松井を「kid(子ども)」と親しみを込めて呼んでいる。松井は「信じられない肩」を持っていたとし、「まるでイチローみたいな肩だった」と振り返っている。遊撃だった松井は、左翼を守るジャクソン氏が内野へ返球する際の“カットマン”の役目を果たしたが、内野から遙か離れた外野の位置から、矢のような返球をする“キッド”に驚愕。ただし松井があまりに外野寄りに位置取ると、ジャクソン氏が弱肩に見えるため「コーチに言って、内野寄りに位置取るようにしてもらった」という秘話を明かしている。

メジャーで成功しなかったのは「プレッシャーと付き合えなかったのかも」

 プロ入り間もなく松井は、右打ちから両打ちへ変わった。この時の取り組みについても「体にパットを巻き付けて左打席に立たせ、文字通り体にボールを投げつけていた。体を開かず、ボールを引きつけて打つ方法を学ばせるためだ」と、メジャーでは想像もできない育成法を知った衝撃を語ったという。

 試合前のウォームアップでジョギングをすると、あっという間にジャクソン氏に大差をつけるスピードを持っていたという松井について、ジャクソン氏は「最高の肩を持ち、最速の足を持ち、弾丸ライナーでどこにでも打球を飛ばしていた」と“走攻守”3拍子揃った桁外れのアスリートだったと振り返り、「ここ(アメリカ)で成功しなかったのが驚きだ」と話したそうだ。

 同時に、その原因についても考察。松井は「とてもシャイで、非常に物静かだった」と振り返り、「プレッシャーとうまく付き合えなかったのかもしれない」とした。

「キッド」と呼ばれた松井も、今では41歳の大ベテラン。来季も現役続行となればNPB最年長野手となるが、今もなお選手としての輝きを失うことはない。(Full-Count編集部)

関連記事(外部サイト)