【高校野球】センス光る仙台育英・西巻、「凄い選手ばかり」のU-18代表で「世界一」へ

【高校野球】センス光る仙台育英・西巻、「凄い選手ばかり」のU-18代表で「世界一」へ

仙台育英・西巻賢二【写真:高橋昌江】

甲子園では広陵に敗退、「あっという間」の3年間を終えて高校日本代表へ

 第99回全国高等学校野球選手権大会の準々決勝で広陵(広島)に敗れ、甲子園を去った仙台育英(宮城)。一夜明けた21日、「第28回WBSC U-18ベースボールワールドカップ」に出場する野球日本代表「侍ジャパン」U-18代表入りした西巻賢二内野手(3年)は「高校野球が終わり、悔しいけど、また高校生のうちに野球ができる。次の大会に挑戦できるのは嬉しいです」と話した。

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 仙台育英は宮城大会準決勝の引き分け再試合を制し、決勝で東北に7-2で勝利。2年ぶりの甲子園出場を決めた。甲子園では1回戦で滝川西(北北海道)を下し、2回戦では日本文理(新潟)に守り勝ち。3回戦でセンバツ優勝の大阪桐蔭(大阪)に0-1の9回2死からサヨナラ勝ちと劇的な展開で勝ち進んだ。

 勢いは加速したかと思われたが、準々決勝では中村奨成捕手を擁する広陵に4-10で敗れた。「あっという間でしたね、3年間。広陵の校歌を聞いている時に本当に終わったのかなって思っていました」と西巻。スタンド挨拶の後、号泣するエース・長谷川拓帆を支えてベンチに戻った。「スタンドを見たら急にこみ上げてきたらしくて。よく投げてくれたので『よくやったよ』と言いました」。インタビュールームで目を赤くするメンバーが多くいる中、気丈に取材に受け答えしていた西巻。宿舎に戻ると、郷古武部長からU-18代表入りを告げられた。

 代表メンバー一覧に目を通し、「凄い選手ばかりだなと思いました」と笑った。「特に外野手ですね。(群馬・前橋育英の)丸山は塁に出るたびに走っている印象。(大阪桐蔭の)藤原は雰囲気が違いました。(神奈川・横浜の)増田は練習会場で『調子どう?』とか喋りましたね。そして定番ですが、(早実の)清宮。こういうメンバーで試合ができるのは楽しみです」とワクワクしている様子だ。甲子園でラストゲームとなった広陵の中村も代表入り。「レベルが違いますよ。初回、マジでビックリしました。セカンドスロー(を見て)、焦りました」と、その糸を引くようなボールを放る強肩に度肝を抜かれたという。

広陵戦では負傷交代も回復アピール「当日よりはだいぶいい」

 心配なのは右手の状態だ。広陵戦の7回に痛烈な打球がショートを守る西巻を襲った。「打球が変則に動いて来たので体を入れるしかないと思ったら間に合いませんでした。そのまま弾んで来たボールが直接、右手に当たりました。せめて回転があれば・・・。不規則な回転だったので、体で止めて、前に落としてやるしかないなと思ったのですが」。打球は右の手のひらの親指の付け根を直撃。一度はファーストへの守備位置の変更もアナウンスされたが、しびれもあり、力が入らなかった。「出たかったけど、チームに迷惑がかかるので、みんなに託しました」と、自ら交代を申し出た。

 病院での診断は打撲。試合後は親指の先と人差し指の先をくっつけられる程度だったが、時間の経過とともに親指の先と薬指の先がくっつけられるくらいまで動かせるようになった。「当日よりはだいぶいいです。親指の付け根が腫れて圧迫されていましたが、(親指と中指、薬指を曲げて)ツーアウトができるようになりました」と、指で形を作って回復をアピールした。

 西巻はU-18代表でチーム最小の168センチ、73キロだが、恵まれた野球センスに努力を重ねてきた選手だ。「このメンバーなので、自分は小技とかを求められるのではないかと思います。自分に与えられた役割をして、状況判断が持ち味なので冷静にプレーしたいです」と意気込む。

 足さばきやグラブさばき、捕球から送球への速さと正確さ、体を反転させての送球などセンスが光る。投手としても140キロ近いボールを放る地肩の強さもある。結果的に打球は右手を直撃したが、球足の速い痛烈な打球も一瞬にして「体で止めようと思った」という判断能力など守備力はトップレベルだ。

 守備のみならず、打っても判断力に長ける。広陵戦の3回には先頭打者としてレフトの右に安打を放ち、「打った瞬間に行けると思った」。シングルヒットでもおかしくない当たりだったが、二塁打にし、0-6から1点を返した。大会では木製バットを使用することになるが、「問題ないです。(木製バットで)ピッチャーと対戦するのは初めてなので楽しみです」と頼もしい。

野球勘を磨いた中学時代、野球力を高めた高校時代

 福島県会津若松市の出身。小学校を卒業後、仙台育英学園の秀光中等教育学校に進み、3年夏には全国中学校野球大会で優勝した。

「秀光ではいろんなことを学んだ3年間でした。特に野球に対する考え方を学びました。ただ打って、守って、走ってではなく、野球というスポーツに対して、いろんなことを追求しました。(監督の)須江航先生と(ベースボールコーディネーターの)和田照茂さんから野球を深く学び、考えた3年間でした」

 野球とは何か――。野球の本質と向き合い、野球勘を磨いてきた中学野球だった。高校では秀光中出身者と他の中学やクラブチーム出身者とともにその野球力を高めた。仙台育英・佐々木順一朗監督からは「運のことやキャプテンとしてあるべき姿とか、いろんな言葉をいただきました」と感謝する。

「秀光で学んだことを生かしながら、高校では個人として成長できたと思います。悩んだ時期にはみんなが気づかって声をかけてくれた。自分一人ではここまで来られなかったなという思いがあります」

 中学で全国制覇を経験し、高校でも日本一を目指し続けた。その戦いを終え、次は世界一に挑戦する。「あまり考えたことなかったですね、世界一」と笑った西巻。まだその実感は沸かないようだが、侍ジャパンのユニホームに袖を通せば、一気に気持ちは世界一に向かうはずだ。(高橋昌江 / Masae Takahashi)

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