阪神3位・及川雅貴 元短距離選手の母親のDNAを継ぐエリート左腕

阪神3位・及川雅貴 元短距離選手の母親のDNAを継ぐエリート左腕

阪神3位指名の及川雅貴投手(C)日刊ゲンダイ

【19年ドラフト選手の“家庭の事情”】#4

及川雅貴(阪神3位)

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 東京から約70キロ。千葉県の北東部に位置する匝瑳市は人口約3万6000人。全長66キロにも及ぶ砂浜の九十九里浜に面する温暖な土地だ。

 地元で建設業を営む父・大介さんは少年時代に野球を少々やった程度。中学以降はスポーツに熱中したことはない。母・直美さんは足が速く、中学時代は陸上の短距離選手だった。及川のバネのある投球フォームは母親の遺伝子を受け継いでいるようだ。

 及川が野球を始めたのは小学3年の時。学校の体育館でバレーボールを投げて遊んでいたところを、少年野球のコーチがたまたま見ていた。キャッチボールをやらせたら「いい球を投げるな」と褒められ須賀スポーツ少年団に入団。6年の時には千葉ロッテマリーンズジュニアに選出された。匝瑳市立八日市場第二中に進むと、匝瑳リトルシニアに所属。及川を3年間指導した越川康弘監督が言う。

■関東全域の40校から

「体は細かったですが、中1で身長は170センチぐらいあったと思います。千葉ロッテジュニアに選抜されたぐらいですから、才能はとび抜けていました。県内では小学生の頃から有名選手で、球はめっぽう速いが三振か四球。はまったら誰も手が出ない。そんな投手でした。うちのチームは投手は大きく伸び伸び育てる方針。『四球を1個出しても、三振3つでチェンジなんだから』と言って、途中で代えることはしませんでした。制球難でしたから高校2年ぐらいで試合に出られたらという考えでした。実際、高校に入る前も本人に『試合で投げるまでに時間がかかるかもしれんぞ』と話をしましたから。最終的には横浜高に決めたわけですが、千葉県内だけで20校から誘いがあり、関東全域では40校ぐらいから誘いがあったはずです。ちなみに私が銚子商のOB(95年選抜甲子園準Vメンバー)ですから『銚子商はどうだ?』と聞いたら『興味ないです』って言われました(笑い)。応援に行くには在京球団の方がよかったのですが、甲子園がホームの阪神で頑張ってくれたらうれしいです。私は甲子園では福留(孝介)君のいたPL学園と対戦しました。知り合いを通じて電話をして『及川をよろしく』とお願いしようと思っています」

 大介さんは甲子園のヤジは強烈ということは知っているそうで、「期待されている選手だからヤジられる。注目されていることを力に変えて、野球少年の目標になるような選手になって欲しい」と話しているという。

▽およかわ・まさき 2001年4月18日、千葉県匝瑳市出身。須賀小3年時に須賀スポーツ少年団で軟式野球を始め、6年時に千葉ロッテマリーンズジュニアでプレー。八日市場第二中では匝瑳リトルシニアに所属。3年時に侍ジャパンU15代表入り。U15W杯ではエースとして準優勝。最優秀投手となる。横浜高では1年春からベンチ入りし、夏の甲子園1回戦に登板。2年夏の甲子園では2回戦に初先発し勝利投手。秋からエースナンバーを着け関東大会8強。3年夏の県予選は救援登板したが準々決勝で敗退。最速153キロの直球とキレのあるスライダーが武器。183センチ、74キロ。左投げ左打ち。

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