西武1位・宮川哲 ボーイズの仲間たちが舌を巻いた父の剛速球

西武1位・宮川哲 ボーイズの仲間たちが舌を巻いた父の剛速球

西武1位指名の宮川哲投手(C)日刊ゲンダイ

【19年ドラフト選手の“家庭の事情”】#10

 宮川哲(西武・1位)

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■素質は兄と弟

 宮川3兄弟を知る多くの関係者は「素質で言えば、長男と三男が抜けていた」と口を揃える。  兄・祐輝さんは智弁和歌山で2010年春、11年春夏に、弟・寛志さんは奈良大付で昨夏の甲子園に出場。しかし、東海大山形に進学した次男の宮川は甲子園に出場できず、上武大時代はプロ志望届を出すも指名漏れ……。それがいまや、ドラフト1位というのだから、人の将来なんて分からないものである。

 宮川が野球を始めた生駒クラブライオンズの棚田整代表が言う。

「宮川くんは投手でしたが、同級生にさらに肩の強い子がいたので、あまり目立たなかったですね。ボーイズに行くと聞いて正直、『大丈夫かな?』と思ったくらいです」

 生駒ボーイズの喜多吉嗣副代表が話を引き取る。

「おとなしくて、いつもニコニコしていました。主に外野手で地肩は強かったんですが、レギュラーではなかった。試合に出る機会も少なかったですね。打席での印象もあまりないし……宮川くんには悪いですが、当時は地味でした」

 社会人野球経験のある会社員の父・秀太郎さん(49)と、保育士の母・ひとみさん(53)のもと、奈良県生駒市で生まれ育った宮川の実家は2階建ての一軒家。生駒山のふもとにあり、田んぼや畑に囲まれ、自然豊かな環境で育った。

「父も兄も野球をしていたので、僕も自然と……ですね。田んぼの中で野球をしたこともありますよ。僕らが野球をやっていた公園は小さい上に、子供が打っても普通にネットを越えちゃうんですよ。だから、外野を守るときは最初から公園の外にある田んぼの中(笑い)。あ、もちろん稲がない時期だけですよ」(宮川)

 両親の思い出についても、こう語る。

「母は僕ら兄弟が小学生、中学生の頃が、一番忙しかったんじゃないかな。3人とも野球をしていたので……。だから、当時は保育士の仕事もあまりやっていなかった。子供の頃はめちゃくちゃ怒られましたよ。田んぼで遊んで泥だらけになって家に帰ると、『その格好で入ってくるな!』とか。父は野球になると厳しかったですね。中途半端は絶対に許さない。家では母に、野球では父によく怒られていました」

 生駒ボーイズ時代、父の秀太郎さんがチームの打撃投手を務めたことがある。しかし……。

「球が速すぎて打てないんですよ(笑い)。バッピーの球じゃなかった。チームメートも、『打たせる気がないんじゃないか』なんて話していたほどです」(宮川)

■ここがスタート

 そんな父からドラフト後に「ここからがスタート。ゴールじゃないぞ。気を抜かずに頑張れ」と、伝えられたという。

 24歳の社会人右腕とはいえ、投手転向は高校2年から。本人も「投手歴が短いから、やれば伸びると思ってやってきた」という。プロでさらなる成長を遂げたい。

▽みやがわ・てつ 1995年10月10日、奈良県生駒市生まれ。小1から生駒クラブライオンズで野球を始め、生駒ボーイズを経て東海大山形に野球留学。甲子園出場はならず、上武大に進学した。大学では4年の春、秋のリーグで活躍するもプロの指名はなし。東芝ではMAX154キロを投げるなど、現在も成長を続けている。178センチ、77キロ。右投げ右打ち。

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