「松坂はなぜ中日をやめたのですか?」編成トップ・加藤球団代表を直撃

「松坂はなぜ中日をやめたのですか?」編成トップ・加藤球団代表を直撃

ブルペンで投げ込む松坂(C)日刊ゲンダイ

【'20キャンプ 突っ込みインタビュー】

 中日・加藤宏幸球団代表

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 松坂大輔(39)が14年ぶりに古巣・西武に復帰し、ファンやメディアは盛り上がっている。

 その松坂は昨オフ、2年間プレーした中日を退団。交渉役だった加藤宏幸球団代表とは複数回に及ぶ話し合いを重ねたが、決裂。松坂は森SDと友利国際渉外担当が退団することに関し、「僕は2人にドラゴンズに拾ってもらった。僕もいちゃいけないなと思った」と退団理由を挙げた。交渉過程でいったい何があったのか。加藤代表を直撃した。

 ――何度も話し合いを重ねながら、交渉が決裂した経緯を教えてください。

「もともと、彼の方から中日に残るのがベスト、という話がありましたし、こちらとしても残ってほしいという話をしたけど、最終的に彼の方から、退団したい、ということだった。そこはプロの世界なので、仕方がないことです」

 ――松坂は退団理由として、森SDと、編成の友利氏が中日を離れることに触れました。

「(交渉過程で)『自分ひとりだけが残っていいのか』という話はしていましたね。それに関してはこちらはとやかく言うつもりはなかった。こちらが条件提示をする以前に、退団をしたい、ということでしたので、彼の意志を尊重して、自由契約という形にしました」

 ――なぜ、交渉は揉めたのですか? 条件面で不満があったのですか?

「退団の意志が強かったので、こちらから正式な条件、金額を提示するまでには至りませんでした。もちろん、前の段階で、だいたいこれくらいの金額でどうか、という話はしていました。昨季は成績が成績(2試合登板で0勝、防御率16・88)でしたし、金額を言える立場にはないとも思っていました。彼には彼のプライドがあったのかもしれませんが、話し合いの過程で『自分ひとりが――』という話が出ましたのでね」

 ――松坂に引退や退団を勧告したことは?

「それはありません」

 ――西武では年俸3000万円といわれている。

「それが正確な金額かどうかは分からないですよ。彼は、『年俸を自分の口からは言いません』と言っていましたからね」

 ――昨季はリハビリ中にゴルフに興じて、チームの規律を乱した。

「あの当時は一軍にいたわけではなかったし、『そのあとで練習をした』とは言っていましたが、残念といえば残念でした。いろんな賛否はあるでしょうが。アメリカなんかだと、きちんとやるべきことをやりさえすれば、何も言われない、というのはあるかもしれないが、日本では、というか、球団としては容認はできないことだった」

 ――一方で、中日移籍1年目は6勝(4敗)をマークするなど、ナゴヤで松坂フィーバーが起きた。

「僕は昨季途中から球団に来たので、彼の1年目はいなかったですが、ドラゴンズでプレーしてくれて盛り上げてくれたことには感謝しています。昨季はケガでキャンプ中はブルペン入りできなかったですが、今年は何度もブルペンに入って、13日には100球を投げたとも聞いた。西武は新人時代に入った思い入れのある球団だと思うし、一軍で活躍してくれたら、僕もうれしいし、プロ野球ファンもうれしいと思います」

(聞き手=藤本幸宏/日刊ゲンダイ)

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