とてもマネできない「小さな大打者」若松勉さんの打撃理論【すべては野村ヤクルトが教えてくれた】

とてもマネできない「小さな大打者」若松勉さんの打撃理論【すべては野村ヤクルトが教えてくれた】

2001年の日本一祝勝会での若松監督(央)/(C)日刊ゲンダイ

【すべては野村ヤクルトが教えてくれた】#17

「ヤクルトファンの皆さま、本当におめでとうございます」

 2001年のリーグ優勝時、こう言ってファンを祝福したのが、当時監督だった若松勉さん(73)です。選手、ファンを大いに盛り上げたこの名言は、後に巨人の原監督などが引用していますが、若松さんのそれは心の底から出た、純粋な気持ちだったと思います。

 若松さんは口下手というかシャイというか、純朴なお人柄。人前でしゃべるのが苦手で、後援会や激励会の挨拶すらも嫌がっていたほど。それどころか、ミーティングや納会など、選手やスタッフしかいない場でもみんなの前で話すのを極力避けていました。だから、若松監督時代はミーティングもあまりありませんでした。

 野村監督が1998年限りで退任し、その後釜となった若松さんとは選手としては89年に1年間だけ一緒にプレーした関係です。といっても、向こうはヤクルトのスーパースター。僕にすれば、雲の上の存在です。僕はこの年が一軍初出場で、「小さな大打者」と言われた若松さんは現役最後の年。主に若松さんが代打でヒットを打ち、僕が代走というのがセットでした。

 89年の引退後は解説者を経て、93年に一軍打撃コーチとしてヤクルトに復帰。二軍監督も務められました。そんな若松さんの打撃理論には、心底驚かされました。シャイな性格でも、ことバッティングに関しては非常に厳しい。

 若松さんの理論は、「変化球を待って、ストレートに対応しろ。主にスライダーのイメージで待て。そうしたら、直球にもついていける」です。

■「慣れるから」と一言

 打撃のセオリーは直球を待ちながら、変化球に対応すること。僕もそうでしたが、最初から変化球を待っていると、ストレートをズドンと投げられたときに対応するのが難しい。確かにスライダーは直球系の変化球ですが、熱心に教えていただいても、無理なものは無理だった。

 いくら練習してもモノにできず、「これは僕には難しいです」と言いに行ったこともある。すると若松さんは、「慣れるから」と一言です。

 結論を言うと、僕は引退するまでできませんでした。変化球を待ちつつ、直球をファウルにすることは何とかできたけど、打球が前に飛ばない。改めて、「超一流になると、それができちゃうんだ……」と脱帽するしかありませんでした。

 168センチ、76キロと小柄な若松さんが通算2173安打、220本塁打、打率・319という偉大な生涯成績を残すことができたのも、そうした卓越した打撃技術があったからでしょう。

 次は僕が選ぶヤクルト歴代最強助っ人、ペタジーニの話をしましょう。

(飯田 哲也/元ヤクルトスワローズ)

関連記事(外部サイト)