手を焼いた青木宣親は口うるさい僕を好きではなかったはず【すべては野村ヤクルトが教えてくれた】

手を焼いた青木宣親は口うるさい僕を好きではなかったはず【すべては野村ヤクルトが教えてくれた】

2020年春のキャンプで守備練習する青木(C)日刊ゲンダイ

【すべては野村ヤクルトが教えてくれた】#21

 正直、当時は手を焼きました。ヤクルトの安打製造機、青木宣親(38)です。もっと守備力に磨きがかかれば、さらにすごい選手になれるのに……。そんな思いは、しかし、なかなか彼には届きませんでした。

 2006年に楽天で引退した僕は、翌07年に古巣ヤクルトの二軍外野守備走塁コーチに就任。08年からは一軍コーチになりました。当時のチームの顔が青木です。05年、07年、10年と3度の首位打者を獲得。天才的な打撃技術を持つ、ヤクルトの大スターです。

 そんな青木を見て、「もったいないな」と思っていたのが、外野守備でした。足が速くて守備範囲は広い。強肩ではないものの、送球も悪くはない。決して下手ではないのですが、青木の守備には問題がありました。球際の弱さと打球判断の甘さです。

 青木のセンターに打球が飛ぶ。ベンチで「よっしゃ、捕れる」と思った打球があと一歩のところで抜かれてしまう。「今の打球、もっと追えばいけただろ。なんで足を緩めちゃうんだ……」と思わされたことは何度もありました。

■守備に興味がないスーパースターを指摘することの難しさ

 守備には興味がない。そんな雰囲気がありました。口うるさく守備の大切さを説き、「この練習にはこういう効果があるからやらなきゃダメなんだ」と指導をしても、なかなか真剣に取り組んでくれない。

 青木ほどのスター選手になると、言い方は難しいんですが、チームの中で独立した存在になってしまう。注意をしても、「打てばいいんでしょ」という雰囲気が出ていました。日本の年俸の査定は、打てば給料が上がるけど打てなければ上がらない、という側面があります。守備の比重が低いケースが多いので、打てる選手ほど打撃偏重になりがちですから。

 青木は口うるさい僕のことを好きではなかったはずです。僕も当時はコーチになりたて。指導経験も浅く、つい厳しいもの言いをしていました。今思えば、「もっと話し方やアフターケアをちゃんとしておけば……」と反省することは多々あります。

 12年のブルワーズを皮切りにメジャーで何年もプレーしましたが、青木の打撃なら十分に米国でも通用するとは思っていました。ミートがうまいので、動くボールにも対応できる。ただ、そんな青木が試合中に代走を出されたのには驚きました。当時のチームメートにメジャー屈指の俊足選手がいたとはいえ、足だって練習を怠ると、衰えるのが早いんです。

■復帰後は「変わった」と評判

 18年にヤクルトに復帰してからの青木は、良い意味で「変わった」と評判です。ヤクルトのコーチからも、「今はリーダーとしてチームをまとめてくれる」という話を聞きました。おそらく、メジャーに行って、打つだけではダメ、チームの勝利が何より優先、という意識が強くなったのではないか。

 少なくとも、昔のように「もっとヒットを打ちたい、3割を続けたい」とは思っていないはず。そのついでに、僕が口を酸っぱくして言った指導を「あの時、言われたことはこうだったのか」なんて、ちょっとでも思ってくれたらうれしいですね。

 次回は、その青木と一緒にプレーしたバレンティンについて話しましょう。

(飯田 哲也/元ヤクルトスワローズ)

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