60本塁打と打てば打つほど守備が横着になったバレンティン【すべては野村ヤクルトが教えてくれた】

60本塁打と打てば打つほど守備が横着になったバレンティン【すべては野村ヤクルトが教えてくれた】

打つ方は頼もしかったが(バレンティン)/(C)日刊ゲンダイ

【すべては野村ヤクルトが教えてくれた】#22

 2013年に60本塁打を放ち、王貞治さん(現ソフトバンク球団会長)などが持つシーズン55本のプロ野球記録を塗り替えたのが、ウラディミール・バレンティン(35=現ソフトバンク)です。

 あれほどボールを飛ばす打者は正直、見たことがない。スタンドギリギリの本塁打なんてほぼなく、打った瞬間から外野手が微動だにしない……。まるでピンポン球を飛ばすように、硬球をスタンドに運んでいました。1試合で2本の場外弾を打ったときは、笑うしかありませんでしたね。

 しまいにはバレンティンがホームランを打っても誰も驚かない。55本超えが現実味を帯びた13年は、ベンチで見ていても、「まあ、いくだろうな」と、さして興奮もしませんでした。

 9月15日の阪神戦の初回に56号を打ったときは、あまりにあっさりとした達成で、「ああ、いったなあ」という感じでした。

 9打席に1本打っている計算なんですよね。しかもその年にオランダ代表として出場したWBCのキューバ戦で負傷し、14試合を欠場している。もし、144試合すべてに出ていたら、もっと本数を稼いでいたかもしれません。

 性格は明るいというか子供です。大きな子供。試合中にツイッターを更新して、球団から大目玉を食らったことがありましたよね。あれも子供のいたずらのようなもの。本人は「どうだ、やっちゃったぜ」くらいの感覚だったと思います。

 バレンティンといえば緩慢な守備が酷評されることが少なくありませんが、11年のヤクルト入団当初は、むしろ上手な方だったんです。当時はまだ20代。足もそこそこ速く、総合的に守備は「平均以上」。それがホームランを打つごとに意識が打撃のみに傾いて、守備では横着するようになってしまいました。

■ベンチすら見ない

 守備コーチとしては大変でした。11年は青木とバレンティンが同時に在籍していた年。青木も前回お話ししたように、守備より打撃に興味がある選手。ベンチから守備位置の変更を指示しても、2人とも見ていない。おいおい、ウソだろ? と思ったくらいです。

 状況に応じて、ベンチからの守備位置の指示を仰ぐのが普通。それなのにベンチすら見ない。ほっとくと定位置から動かないのだから、頭を抱えたものです。

 青木は11年オフにメジャーに挑戦しましたが、12年にはミレッジ(〜15年)という助っ人外野手が入ってきた。彼は足は速いのですが、暴走タイプ。やっぱり、守備への興味が薄い。彼らには、「打席でも次はカーブかな? スライダーかな?と考えてるだろ? 守備もそれと一緒なんだ」と口を酸っぱくして言いましたが、なかなか理解してくれませんでした。

 反対に僕がコーチ冥利に尽きる思いをしたのが、福地寿樹でした。

(飯田 哲也/元ヤクルトスワローズ)

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