オリックス2位・元謙太 ドラフト漏れたら即引退の覚悟で臨んだ肉体改造【20年ドラフト選手の“家庭の事情” 】

オリックス2位・元謙太 ドラフト漏れたら即引退の覚悟で臨んだ肉体改造【20年ドラフト選手の“家庭の事情” 】

元阪急ブレーブス内野手で岐阜東濃シニアの今井茂総監督も太鼓判(元謙太外野手)/(C)日刊ゲンダイ

【20年ドラフト選手の“家庭の事情” 】

 元謙太(外野手・18歳・中京高)=オリックス2位

 ◇  ◇  ◇

 185センチ。家族4人の平均身長だ。

 多治見市といえば美濃焼の産地だが、最近は猛暑で有名だ。運送会社で部長を務める父・吉宏さんは188センチ。母・淑美さんは176センチ。中部学院大でバレー部に所属する3歳上の兄・勇太さんは190センチもある。

 元も背が高いだけの少年ではなかった。

「走力だけでも中学2年で50メートル走が6秒ジャスト。私は20年ほど中学生の監督をしましたが、身体能力はトップですよ」と、元が中学時代に所属した岐阜東濃シニアの今井茂総監督は、その「スペック」に太鼓判を押す。阪急ブレーブス(現・オリックス)で1977年から79年まで内野手としてプレーした同氏にここまで言わしめるのだ。間近で成長を見守ってきた淑美さんも息子の可能性を早くから見抜いていた。

「小さい頃から身体能力が高くて、『この子はスポーツで食べていけるな』と思いました」(淑美さん)

 子育ては外遊びが中心。淑美さんも一緒になって駆けっこや、縄跳び、バドミントンなど、さまざまなスポーツを楽しんだ。そのなかで芽生えたこの直感は、かつて東海大でバレー部に所属し、卒業後に高校の体育教師として勤務した経験から得たものだった。

 血筋も良い。元の父方の祖父は陸上でインターハイに出場したこともある。吉宏さんは高校時代に野球部に所属。4番を担い北信越大会での準優勝を経験している。

 一方、淑美さんの父は177センチで、弟は178センチ、妹169センチと、皆、一様に大きい。

 親戚の紹介で知り合った2人の新婚生活は、吉宏さんの仕事の都合から新潟県で始まったが、転職を機に元が幼稚園の頃に多治見市へ戻ることになる。「実家のお世話になるのは私がちょっと……」という淑美さんの意向もあり、現在も暮らす4階建てのマンションで新生活はスタートした。

 この頃、淑美さんには元の運動能力を引き出すことに、使命感にも似た思いがあったという。

「なにかスポーツをさせたかったんです。陸上やサッカー、バレーなどにも触れさせて、たどりついたのが野球でした。そういえば、私はママさんバレーに入っていて、息子たちも連れて行ったりもしました。謙太はスパイクの球拾いをするなかで、動体視力や瞬発力、球筋を読む力を培っていったのかなと思います(笑い)」(淑美さん)

■特製きな粉もち

 母の見立て通り、小学3年で野球を始めると、最終学年ではドラゴンズジュニアに選ばれるほどに成長した。元の発育には淑美さんの実家も一役買った。

「父はお餅の工場を経営しているんです。謙太はもともと食が細かったんですけど、満腹の時でも『お餅なら食べられる』と言うので、実家からもらった特製のきな粉餅を与えていました。お餅もきな粉も子供の成長に良い成分がたくさん入っていますからね」(淑美さん)

 小・中学生の頃は体重増に「苦戦」していたが、高校時代は意識が違った。前出の今井総監督が言う。

「元とは中京高に行った後もやりとりしてるんだけど、高校2年の夏が終わった時に言ったんです。まだ75キロだったから、『3年になるまでにウエートトレーニングをして体重を増やせ』と。そしたら本当に8キロも増やしてきたから驚きましたよ。素直な性格で、チャラついたところがない子ですよ。指示したことをきちんとやってくれます」

 この背景には元の覚悟があった。

「小学3年で野球を始めた頃からプロが夢ではなく“目標”でした。『今回のドラフトに漏れたら野球はやめる』と言っていて、大学進学も頭になかったようです」(淑美さん)

 プロへの道が開かれた今、新たな目標は何か。

○げん・けんだい 2002年5月17日、新潟県湯沢町生まれ。幼稚園の時に岐阜県多治見市に移り、小学3年から池田少年野球クラブで野球を始める。6年時にはドラゴンズジュニアに選ばれた。中学時代は岐阜東濃シニアに所属し、卒業後は中京高へ。1年春からベンチ入りし、2年夏に甲子園ベスト4。高校時代は投手としても活躍したが、野手としてプロの道へ進む。右投げ右打ち。186センチ、86キロ。

関連記事(外部サイト)