巨人5冠達成の日 私は「お世話になりました」と部屋を出た【秦真司 間近に見た「名将」の真実】

巨人5冠達成の日 私は「お世話になりました」と部屋を出た【秦真司 間近に見た「名将」の真実】

アジアシリーズを制し、優勝トロフィーを掲げる原監督(C)共同通信社

【秦真司 間近に見た「名将」の真実】#2

 2012年、巨人の一軍バッテリーコーチ就任1年目は、交流戦からペナント、CS、日本シリーズを制し、さらにアジアチャンピオンになって「5冠」を達成した。「日本一になったら年俸を上げてもらう」と約束をしていたつもりだった私はその日、韓国の宿舎ホテルで来季の年俸を提示され、また驚いた。

 ちょうど1年前、巨人に呼んでくれた清武英利球団代表兼GMに提示された年俸は、中日コーチ時代、さらにBCリーグ群馬の監督時より下の額だった。日本一になり、意気込んで来季の契約の場に向かうと、新たなGMに就任していた原沢敦球団代表から「お疲れさん」と言われ、提示された額は100万円増。中日時代には遠く及ばない額だった。頭に血が上った私はこう言い返した。

「話が違います。日本一になったら、中日時代くらいの額まで上げてもらうという約束で頑張りました。清武さんから話を聞いていませんか?」

 原沢GMは「希望額とは離れ過ぎているので、これだと無理かもしれませんね」と返答した。

「日本一になれて5冠も達成できたので、球団にも監督にも恩返しができたと思います。1年間お世話になりました」

 清武GMは前年11月に「清武の乱」で解任されており、球団に話は伝わっていないようだった。私はサインをせずに部屋を飛び出した。もともと日本一になれなかったら、コーチは責任を取るものだと覚悟は決めていた。

 ホテルのサウナに入っていると、原監督が入ってきた。球団から話を聞いたのかもしれない。

「どうだった?」

「球団に無理だと言われました。でも恩返しはできました。ありがとうございましたと伝えて部屋を出ました」

「ちょっと待って。早まるな。俺から球団に話をするから」

■原監督の進言でさらに500万円アップ

 このまま退団でも仕方ないと思う一方、期待する自分もいた。しかし、球団から連絡はなかった。もうダメだと思っていた11月末の納会の日、原沢GMに別室に呼ばれた。

「来年も頼みます」と見せられた額は、前回の100万円アップからさらに500万円も上乗せされ、中日コーチ時代を上回るものになっていた。

「ありがとうございます。頑張ります」

 原監督が言ってくれたようだ。感謝である。当時は今のように「全権」ではなかったが、球団内の影響力は凄まじかった。

 年俸アップは大黒柱・阿部慎之助のおかげだ。

 この年、初の打撃タイトルとなる首位打者、打点王、最高出塁率を獲得し、セ・リーグMVPというキャリアハイのシーズンだったのだ。

 11年オフに私が就任する際、データを洗っていたら、捕手・慎之助のあるクセに気が付いた。それは重大な“弱点”といえるものだった。

(秦真司/野球解説者)

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