「勝てなくなったから引退」 三浦投手会見の一問一答

 横浜DeNAの三浦大輔投手(42)が25年の現役生活にピリオドを打つことを表明した。リーグ制覇、日本一を成した1998年以降長くチームが低迷する中、決して逃げず、責任を一身に背負ってきた背番号18。会見では笑顔を見せ、ときに涙をこらえながら最後まで丁寧に質問に応じた。

 −率直な気持ちは。

 「考えて考えて、決断してから、なかなか伝えられていなかった。この場で伝えられて、ちょっとすっきりした」

 −引退を決断した理由は。

 「勝てなくなったから。引退は数年前から頭にあった。7月に打たれて、8月まで声が掛からず、気持ちは固まっていた。ただ、もう一度勝負したいという気持ちがずっとあり、9月の頭に甲子園の先発を言われ、それまでは球団にも伝えないでおこうと決めていた。そういう感情抜きに真剣勝負がしたかった」

 −誰かに相談したか。

 「もちろん家族には話したが、最終的には自分で決めた。妻も子どもたちも残念がっていた。甲子園にもわざわざ見に来てくれた。その前で投げられたのは良かった」

 −チームメートにはいつ伝えたか。

 「きのう(19日)の試合後。会見前にみんなに言いたかった。喜んでいるロッカーで報告するのもどうかと思ったが、伝えられて良かった。『本当ですか』『やめないでください』と言われ、うれしかった」

 −25年続けられたのは何が支えになったのか。

 「まさか25年もやるとは思っていなかった。打たれたら悔しいし、勝ちたい気持ちがあったから苦しい練習もできた。勝ったときにファンが喜んでくれるのが一番うれしかった。もう一回勝って一緒に喜びたいと思いながらやってきた25年間だった」

 −一番の思い出は。

 「一つには絞れないが、1998年の優勝。優勝はこれだけうれしいものかと。1年間のしんどいことが吹き飛んだ」

 −その優勝を知る最後の選手だったが、当時と今の横浜の違いは。

 「98年のときはそのときの良さがあり、今はチームでの立ち位置が違うが、良いチームになってきた。何年か前まではお客さんは入っていなかった。満員の中でプレーできているのはプロにとって最高のこと」

 −最終戦ではどんなピッチングをしたいか。

 「勝ちたい。それだけです」

 −今後は。

 「特に決めていない。ただ、ずっと野球に関わっていきたい。将来的には指導者という道はあるが、もっともっと勉強しなきゃいけない」

 −トレードマークのリーゼントはどうするか。

 「卒業しません。できる限りやり続けたい」

 −ファンへの思いは。

 「三浦大輔にパワーをくれる存在。どれだけ助けられたか。どんなときでも見捨てずに応援し続けてくれた。一緒に戦ってきたチームメート」

 −引退を寂しがっているファンもいる。

 「まだまだ横浜のユニホームを着て投げたい気持ちはある。だけど、いつかは引退しないといけない。僕もつらい。2軍で1軍の試合を見てるとき、18番のユニホームを着て応援してくれている(ファンの)姿を見た。絶対に戻らないといけないと思った。あの応援があったから、ここまでやってこられた」

 −あらためてファンへ。

 「いろいろ苦しいとき、本当に助けられた。どんなときでも応援していただき、感謝している。25年間ご声援ありがとうございました」