日本ハム飯山会見 父に引退報告「よく頑張ったな」

日本ハム飯山会見 父に引退報告「よく頑張ったな」

日本ハム飯山裕志が現役引退

日本ハム飯山会見 父に引退報告「よく頑張ったな」

今季限りで引退を表明した日本ハム飯山は球団職員から花束を受け取る(撮影・黒川智章)

 日本ハム飯山裕志内野手(38)が15日、今季限りで現役引退することを発表した。

 この日、札幌市内の球団事務所で引退会見に臨んだ。日本ハム一筋で20年間プレーしてきた守備職人が、自らのプロ野球人生を振り返った。

 

 −今の率直な気持ちは

 辞めるんだなという気持ちです。

 −引退を決めたきっかけは

 正直、年齢を重ねると毎年のように(引退を)考えてしまいます。一番の要因はケガをしてしまったこと。1年間、1軍でプレーできなかったこと。そうすると、すごくチームに迷惑をかけていると感じてしまったことが一番の決断の理由です。

 −引退を最初に伝えた人は

 父親です。「お父さん、オレ選手辞めるわ」と言ったら、「よく頑張ったな」と、返してくれました。

 −野球をしている3人の息子にはどう伝えましたか

 そこも真っすぐ、ストレートに「お父さんは野球選手を辞める」と伝えました。で、リアクションは、けっこう薄かったです。反応はありませんでしたね。終始無言でした。ちょっとあっけにとられている感じはあったのかなと思います。

 −日本ハム一筋でやってきたことに関して

 高校の時から目をかけてもらって、北海道に来た時には1軍に定着できるようになっていましたけど、東京にいる頃は本当にヘタクソで力もなかった。長い目で見てくれて、(球団には)本当に感謝しているとしか言いようがないです。

 −一番印象に残っているプレーは

 印象には残っていると言っていいか分からないですけど、札幌ドームで初出場していて、今思い返しても、ぼんやりとしか、かすみがかったくらいの景色しか覚えていないですけど、一番印象に残っています。

 −プロ初本塁打、12年日本シリーズでサヨナラ安打を放ったのも札幌ドームだった

 偶然の産物ではないでしょうか。

 −守備で印象に残っているプレーは

 印象に残っているプレー…。そうですね。僕はファインプレーってしたことがなくて、思い出すのは本当に普通のゴロをさばいているだけのプレーが思い出されます。やっぱり、守備っていうのは10割を目指せるものと思っているので、そこを目指してやって。やっぱり、10割を目指せるということは、当たり前にこなせないといけないということなので。うまく言えないですけど、そんな感じです。

 −近年は故障が続いていた

 ケガをして出来ないこともなかったんですけど、やっぱり僕の100%という部分で、それが出せなくなったのはあります。実際、今年も3日後には1軍に合流するという時点でケガをして、(栗山)監督を困らせたこともあったので(引退を)決心しました。

 −他の球団でプレーすることは考えなかったですか

 そこは、やっぱりファイターズ以外のユニホームを着る自分の姿が想像できなかったのが一番です。

 −一番印象に残っているシーズンは

 シーズンは2006年が一番。僕にとっては一番最初の優勝になりますかね。ファームの頃に賢介だったり、森本だったり、1軍で優勝するために今やるんだというふうに教えられてファームでやってきて、その夢がかなったシーズンだったので。ファームでやっていたメンバーと、それが一番思い出深いですね。

 −チームメートへの報告は

 いや、たぶん、みんなびっくりしているんじゃないですか。

 −守備のイメージが強いが、プロ通算150安打。安打数については、どう感じているか

 少ないですね。数字の通り、試合数より僕、打席数が少ないので。もう少し打てたとかより、ゲームの中でどれだけ仕事が出来たかという部分に関しては、もうちょっと貢献したかったなと思います。

 −今後も野球に携わりたいですか

 そうですね。そういう環境があればベストですけど。やっぱり子育てしないといけないので、何か仕事を見つけないと。

 −ファンに向けて

 本当にヘタクソで非力で不器用な選手だったと思うので、応援してくださってありがとうございました。僕は今シーズンで引退しますが、ファイターズはまだまだこれからだと思うので、応援よろしくお願いします。