江夏豊が明かした“裸”の衣笠祥雄「サチとの出会いは大きな救いになった」

江夏豊が明かした“裸”の衣笠祥雄「サチとの出会いは大きな救いになった」

1979年11月4日、広島カープは初の日本一に輝き、「江夏の21球」は今なお語り継がれるドラマに。優勝決定の瞬間、江夏氏(中央上)と衣笠氏(左奥)は真っ先に抱き合った

先月、2215試合連続出場記録を持つ、“鉄人”衣笠祥雄氏がこの世を去った。

広島カープ時代のチームメイトであり、お互いを「サチ」「ユタカ」と呼び合う間柄の江夏豊氏が、前編に続き“盟友”との思い出をふり返る。

* * *

79年8月、巨人の西本聖からサチが死球を受けて、左肩甲骨を亀裂骨折した試合の後。福永トレーナーとふたりで自宅に行ったら、彼は痛い、痛いと言って泣いていた。あの姿を見たら、連続試合出場はこれで終わったと誰もが思っただろう。

ところが次の日、球場に行くと、サチはもうユニフォームに着替え、バットを持ってベンチに座っていた。「家におってもしゃあないから出てきた」「痛いんやったらおとなしくしとけよ」「わかった」。そんなやりとりがあって、自分は着替えて練習に向かった。

試合が始まり、自分は途中でブルペンに向かい、そして7回。球場がワーッと沸いた。何かと思えば、代打・衣笠がコールされている。

相手は一番イキがよかった頃の巨人・江川卓。彼が真っすぐを投げ、サチが空振りすると、ブルペンにいたピッチャーもキャッチャーも、みな黙り込んで下を向いてしまった。スイングは波打っていて、振ったところで当たらないのは明らか。それでも必死にバットを振る姿を、まともには見ていられなかったのだ。

「1球目はファン、2球目は自分、3球目は(前日に死球をぶつけた)西本君のために振った」というサチの言葉は語り草になっているが、ああいう状態でバットを振るのがどれだけ苦しかったか。口で言うほど簡単なものじゃない。それだけ野球が好きだったのだろう。

もうひとつ忘れられないことがある。ある日、サチから面と向かって「ピッチャーはええな。投げた次の日は休めるからな」と言われたことだ。

確かに、当時でも投手は先発の翌日、あるいはリリーフでも長いイニングを投げた翌日は「上がり」となる場合があった。それでも、やはり自分からすればカチンとくる言葉だ。

以来、自分は毎日必ずベンチに入ると決め、79年から日本ハム時代の83年まで5年間、実際に130試合すべてベンチ入りした。79年には真夏に7連投したが、それでも上がりにはしなかった。いつでも試合に出られるコンディションをつくるというのはとても苦しいことだが、自分で考え、工夫してそれを貫いた。

自分がサチと同じチームでプレーしたのはわずか3年間だが、そういう意味でも彼との出会い、彼との会話、彼との日々というのはその後の野球人生にとって大きなプラス、大きな救いになったのだ。

■夫人から手渡されたリプケンのサインボール

彼が亡くなったと聞いた後、いったん自分は松山に飛んだが、試合が雨天中止となり、とんぼ帰りで帰京してお通夜に行くことができた。夫人は「うちの人が江夏さんを呼んでくれた」とおっしゃっていたそうだ。

そして翌日、荼毘(だび)に付された彼のお骨を拾った後。夫人に「持っていてください」とボールを手渡された。お通夜から葬儀までの間、サチの手の中にあった、ローリングス社製のメジャーリーグ公式球。彼が打ち立てた連続試合出場の世界記録を破ったメジャーの鉄人、カル・リプケン(オリオールズ)のサイン入りボールだった。

96年にリプケンが世界記録を更新した試合で、サチは現地のセレモニーに招かれ、始球式を行なっている。おそらくこのボールは、そのときリプケンから直接もらったものなのだと思う。そんな大事なものは、自分よりもご家族が持っているべきだと思い、ありがたいながらも困惑してしまったが、お断りするわけにもいかない。いつかお子さんに返す日まで、ひとまず預からせていただきますという気持ちだ。

ボールは真っさらではなく、手の脂がついていた。野球人とは、たとえ引退しても常にボールやバットを近くに置いておきたいもの。それを触っているとなぜか落ち着く。そういうものだ。自分も家ではよくボールを触っているが、このボールはきっと、サチが日頃から手元に置いていたものなのだろう。

今も目を閉じれば、サチの顔が浮かんでくる。本当は痛かっただろうし、苦しかっただろうと思うが、それを微塵(みじん)も感じさせないような安らかな顔だった。本当にいいやつと知り合い、友達になれたと自分は思っている。そしてきっと、彼もそう思ってくれているんじゃないかと思う。

(写真/時事通信社)

●衣笠祥雄(きぬがさ・さちお)







1947年生まれ、京都府出身。1965年に広島カープに入団。以後、23年間にわたり日本プロ野球界の第一線で活躍を続け、2215試合連続出場など、数々の輝かしい足跡を残す。1987年、国民栄誉賞受賞

●江夏豊(えなつ・ゆたか)







1948年生まれ、兵庫県出身。阪神、南海、広島、日本ハム、西武で活躍し、年間401奪三振、オールスター9連続奪三振などのプロ野球記録を持つ、伝説の名投手。通算成績は206勝158敗193セーブ。『週刊プレイボーイ』本誌で「江夏 豊のアウトロー野球論」を連載中

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