“ハマの番長“三浦が、ラミ流引退式と永ちゃんメッセのWサプライズに号泣

横浜DeNAベイスターズの三浦大輔が、引退試合でのラミレス監督の配慮に涙

記事まとめ

  • DeNA三浦の引退試合で6回終了後にラミレス監督が「もう一人行けるか」と三浦に聞いた
  • 三浦は6回裏の打席で涙を流し、そのまま7回に最後の打者からストレートで三振を奪った
  • ラミレス監督がここで交代を告げ、後で「交代はマウンド上でと決めていた」と説明した

“ハマの番長“三浦が、ラミ流引退式と永ちゃんメッセのWサプライズに号泣

“ハマの番長“三浦が、ラミ流引退式と永ちゃんメッセのWサプライズに号泣

「永遠番長」と書かれた大きな看板の前ではファンの記念撮影が絶えなかった。

 「ここまでだな。もうこれ以上は見せられないな」

 6回に山田のフェン直タイムリーなど、4本の長短打を浴びせられかけて3点を失い、10失点目を刻んだとき、三浦はそう思った。打たれても打たれてもチームは、「三浦さんに1イニングでも長くマウンドにいてもらいたい」(梶谷)の思いで、不思議な力に包まれたかのように二度も追いつき、逆転したが、ついにスコアは6-10になった。15年ぶりの勝率5割のかかっていたチームに絶望を与えたが、真っ青に染まったスタンドからは、激励の歓声が続く。ベンチに戻る三浦はスタンドに向けて深々と頭を下げた。

 その裏の攻撃は三浦の打席からだった。
「これで最後だな」。代打を覚悟して、ラミレス監督を見ると、指を1本出していた。
「どういうことなんだろう」。そう思っていると「もう一人だけ行けるか?」と聞かれた。
 
 三浦はラミレス監督の配慮でプロ生活最後の打席に立つことになったが、涙で目がかすむ。
 「凄く嬉しかった。気遣っていただき自然と涙が出た」
 そして、そのまま7回のマウンドに向かった。

 引退試合の捕手に指名した高城の顔をマスク越しに見ると、もう号泣していた。
 あと一人。「全球、まっすぐでいきましょう」。高城が声にならない声でそう伝えると、三浦は「よっしゃー」と答えた。最後のバッターは雄平だった。2球で追い込み、三浦は「これで最後だと思ったら、いろんな気持ちがぐっときた。涙をこらえるのに精一杯だった」という。

 プロ生活最後の1球は、137キロのストレートだった。 
「ボールも速くない。鋭い変化球があるわけでもない。そんな俺がこの世界で勝つためには努力と練習しかなかった。だから納得のいくストレートがいくまで投げ込み、投げることで体を作っていく」
 沖縄キャンプのブルペンの一番端。最初から最後まで汗だくになって投げる三浦の姿は、40歳を超えても、宜野湾キャンプの風物詩だった。

 雄平のバットは、三浦の気迫に押し込まれて空を切った。
 ラミレス監督が、ここで交代を告げた。グラウンドにいた8人がマウンドに集まってくる。誰もが目に涙をためていた。三浦も泣いた。そして、スタンドのファンも泣いていた。感動的なサヨナラの舞台だった。

 ラミレス監督が、三浦の交代場面について、こう説明した。
「2位がかかった試合なら、こうはいかなかったかもしれない。でも、みんなが三浦の勇姿を見にきていた。交代はマウンド上でと決めていた。メジャー流というわけではない。コーチの意見なども聞いて決めたことだが、そうすれば、みんなが三浦を見送ることができるじゃないか」
 ラミ流の洒落た引退式だった。

 119球、12安打8奪三振10失点。それが三浦のラスト登板だった。通算173勝目と、プロ野球新記録となる24年連続勝利は手にすることができず、今季3敗目、通算184敗目が25年のプロ生活の最後の記録に残った。
   

 試合後、シーズン終了のイベントが行われ、花火が上がった後に、三浦の引退セレモニーが行われた。三浦の軌跡を関係者の証言で綴る感動的な映像が流れた後、「僕にとってバイブル」とまで憧れる矢沢永吉がコンサートで使う真っ白なスタンドマイクを前に挨拶に立った。三浦は、途中、永ちゃんのヒット曲をもじって、「このまま時間が止まってくれれば」と、スピーチした。そして、もうひとつのサプライズが用意されていた。スコアボードのビジョンに、矢沢永吉からのビデオメッセージが流れたのだ。

「ハマの番長こと、三浦さん、横浜ひと筋に25年。ご苦労さまです。まだ会ったことはないが、ひとくちに25年といっても、ぶれずに、ひとつのことをやり遂げるのは凄いこと」
 目を輝かした三浦は、大好きな永ちゃんの曲「「アイ・ラヴ・ユー、OK」が流れる中、場内を一周したあと、ナインに胴上げされ「横浜ナンバー」として準永久欠番となった背番号にちなみ、18度、横浜の夜空に待った。

「最高のプロ野球人生でした。ベンチでもマウンドでもみんなの気持ちが伝わってきた。それに応えられずに申し訳なかった。ファンの方々には、打たれても、打たれても、次がんばれと背中を押し続けてもらってきたが、今日もそうだった。ファンに支えられ皆さんに感謝をしたいし、本当に幸せだった」

 引退試合では異例とも言える10失点。それも三浦の波乱万丈な野球人生を表していたのかもしれない。

 試合前の始球式には三浦が要望して長男の澪央斗くんが登場した。
「球団に無理を言った。親父が働いていたところに立って何かを感じてくれればいいなあ」と。
 ジュニアは、父そっくりのダイナミックなフォームから素晴らしいストレートを投じた。場内にどよめきがおきるほどだった。それが現役中に父らしいことは何ひとつできなかった三浦から息子への伝達式でもあった。

 引退セレモニー後、ロッカーに帰った三浦は、ナインにこう伝えた。
「一日でも長くこのユニホームを着させてくれ」
 そしてキャプテンである筒香に言った。
「日本一になって、そのとき、もう一回胴上げしてくれ」

 横浜DeNAは、10月8日から初出場となるクライマックスシリーズに挑む。 
 ラミレス監督は投手兼任コーチである三浦を“コーチ”として、今後も、チームに帯同させる考えを抱く。投手・三浦大輔の25年間は終わりを告げたが、横浜DeNAの一員である三浦の最後のシーズンは、まだ終わっていない。場内外、駅にまで張られた大きなポスターには、こう書かれていた。

 「永遠番長。いつかまた会おう! 横浜で」
 そう、三浦の野球人生も終わっていないのである。