あのヤクザ監督の直言 「ビンタが試合を変えることがある」

あのヤクザ監督の直言 「ビンタが試合を変えることがある」

島根・開星高校元監督の野々村直通氏 撮影/太田真三

「教育の場」と位置づけられる甲子園で、その敗戦の弁は、物議を醸した。「負けたのは末代までの恥」「腹を切りたい」。6年前のセンバツ一回戦、21世紀枠の格下校に負けた島根・開星高校監督(当時)の野々村直通氏の一言。翌日の謝罪会見には、ど派手な服装で現れ、火に油を注ぐ。2日後、退任。

 連日、「ヤクザ監督」と叩かれた野々村氏だが、監督復帰を望む8000人の嘆願書とともに翌年、現場復帰を果たすなど、教え子の支持は厚い。現在は教育評論家として活躍する野々村氏は、萎縮する一方の指導者に大きな違和感を覚えるという。

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 昔は甲子園に出てくるような高校では、当たり前のように体罰は行われていましたよ。そりゃあ、ビンタぐらいしてるぜ、って。今でも、やってる高校はけっこうあるでしょう。強豪校はどこもギリギリのところで戦っていますから。

 ただ、2012年12月の桜宮高校の男子バスケット部のキャプテンが自殺した事件で、潮目が大きく変わったことは確かです。自殺の原因は、監督の体罰にあったとされましたから。「体罰=悪」で、教師は生徒に触れてもいけないってぐらいの状況になった。

 文科省もビビったね。事件翌年3月に〈執拗かつ過度に肉体的・精神的負荷を与える指導は教育的指導とは言えない〉という通知を出した。僕に言わせれば、「過度」だから伸びるんですよ。子どもなんて、簡単に満足しちゃいますからね。そこで追い込んで、初めて成長するんです。

 リオ五輪で結果を残した選手たちは、体罰があったかどうかは別として、想像を絶する練習をこなしてきているはずですよ。でなきゃ、あんなに人に感動を与えられるもんじゃない。

 教育現場は今、歪んでます。ちょっとでも手をあげようものなら、当事者ではなく、第三者がタレ込むようになった。2014年秋にこんな事件があったんです。今治西高校(愛媛)は四国大会の準決勝で、高知の明徳義塾とぶつかった。勝てば、春の甲子園が当確になるという大一番です。

 試合中、大野(康哉)監督は、ある選手に「気合入れてください!」と言われ、「よし、わかった!」と3発ビンタをした。それで明徳義塾を逆転して、甲子園の切符をつかんだんです。でも、たまたまそのシーンがテレビカメラに映っていて、視聴者が電話で抗議をした。試合後、高野連は大野監督と当該選手に確認したらしいのですが、選手の方は泣きながら「僕がお願いしたんです! 暴力じゃありません!」と訴えたそうです。でも、高野連は世論を恐れたんでしょうね、大野監督を謹慎処分にし、そのせいで甲子園で指揮を執ることができなかった。

 これが体罰ですか? アスリートが気合を入れようとして自分で自分の頬っぺたを叩くことがよくありますよね。それを監督にしてもらっただけのことじゃないですか。

 私も試合中、あがって頭が真っ白になっている子に、「勝負してこんかい!」と頬を張ったこともあります。1発のビンタが試合を変えることもある。

 がんばれば負けたっていいなんて、教育でも何でもないですから。僕は試合に負けたら練習試合でも怒りまくってましたよ。ずいぶん前ですけど、試合に負けると、センターからホームまで、手だけで這わせた。下半身はぶらんとさせてるから匍匐前進よりしんどい。腕力が弱い選手はたどり着けない。見ていてかわいそうになるんだけど、負ける惨めさを覚え込ませるためにも心を鬼にしてやらせた。

 うちの選手は、負けたら俺に殺されるんじゃないかぐらいに思っていましたよ。

 今の子どもたちは、簡単に自分で自分を見切っちゃう。俺は無理だって。でも、これだけ追い込んでやれば甲子園に出られるんだというのを示せば、しんどくてもついてきますよ。

【PROFILE】野々村直通(ののむら・なおみち)/1951年、島根県生まれ。広島大学教育学部卒。島根県の開星高校野球部を監督として9回、甲子園に導く。美術教師を務めていたことから「山陰のピカソ」の異名を持つ。2012年に定年退職。著書に『やくざ監督と呼ばれて』など。

●取材・構成 /中村計(ノンフィクションライター)

※SAPIO2016年11月号

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