長嶋巨人、堀内巨人、由伸巨人、史上最弱のジャイアンツは?

長嶋巨人、堀内巨人、由伸巨人、史上最弱のジャイアンツは?

2017年の由伸巨人も最弱候補に(写真:時事通信フォト)

 巨人の83年間に及ぶ歴史の中で「最弱」と呼ばれているのは、球団史上唯一の最下位に沈んだ1975年の長嶋巨人。1974年にゲーム差なしの2位でV10を逃がした川上哲治監督が勇退し、現役を引退したばかりの長嶋茂雄氏が監督に就任した1年目だった。

 当然、V奪還が期待されたが、開幕6試合目で最下位に転落。そのまま一度も浮上することなく“独走”し、終了時の勝率は球団史上最悪の3割8分2厘。首位広島に27ゲーム差をつけられた。

 劣らず負け続けたのが2005年の堀内巨人だった。最下位は逃れたが、球団史上最多の80敗を喫し、シーズン後に堀内恒夫監督は契約期間を1年残して退任した。

 そんな“2弱巨人”に肩を並べようとしているのが、今シーズンの由伸巨人である。勝率4割4分6厘(交流戦終了時点。以下同)で4位ながら、シーズン折り返し前で首位広島とのゲーム差は11.5。このペースで行くと20ゲーム以上の差をつけられる。

 では、仮にこの3チームが戦ったとしたら、“最弱”はどのチームか──。

●攻撃力では由伸巨人が長嶋巨人より下

 チーム打率が最も低いのは、2割3分6厘の1975年長嶋巨人。スタメンには柴田勲、土井正三、淡口憲治、王貞治ら錚々たる面々が並ぶが、『巨人V9 50年目の真実』(小学館)の著者・鵜飼克郎氏はこう語る。

「1975年は王が故障で出遅れ、柴田勲、土井正三らV9戦士もすでに全盛時の力はなく、打撃力ダウンは歴然でした」

「コンコルド打法」で知られ、1975年最弱期の主力だった淡口憲治氏が振り返る。

「V9時代はONがいるのが当たり前だったが、その年は長嶋さんが抜け、序盤は王(貞治)さんも不在で打順が定着しなかった。僕も1度だけ4番を任されたことがあるほど駒不足だったんです(苦笑)。特に誤算だったのはジョンソン。バリバリのメジャーリーガーとして鳴り物入りで入団したのに、スライダーが苦手で三振ばかり。“ジョン損”なんて呼ばれていた」

 1975年長嶋時代、主なスタメンの打率を見ると、柴田が.262で本塁打10本、土井が.264で7本、淡口は.293に12本、王でも.285と33本、ジョンソンは.197で13本しか打たなかった。

 2005年はすでに松井秀喜がメジャーに移籍した後だったが、ローズ、小久保裕紀、高橋由伸が中軸を担い、下位に清原和博や阿部慎之助が座る超豪華打線。本塁打数にしてもローズが27本、小久保が34本、阿部が26本であり、チーム打率も2割6分とまずまずだったが、主力の故障が相次いだうえに、打線には“内側”からヒビが入っていた。

「堀内監督が清原を7番に降格したところ、本塁打を打ってベンチに戻った清原がハイタッチを拒否する事件が起きた。

 また、新外国人(キャプラー)の加入で自分のポジションが奪われると感じたローズが“ジャイアンツ・ファック!”と放送禁止用語を連発してチームを批判するなど、不協和音が絶えなかった」(スポーツ紙記者)

 さて、由伸巨人は打率2割4分3厘と何とか1975年を上回っているが、「プロ野球が昔に比べて“打高投低”傾向にあることを考慮すると1975年より打率は低い」(巨人番記者)という見方もある。深刻なのは長打力だ。本塁打数チームトップの阿部慎之助でさえ10本で、その阿部は怪我で前半戦は絶望的。他の主なスタメンをみると、長野久義が2本、坂本勇人は8本、マギーが7本で、陽岱鋼が1本と寂しい限りだ。

 V9戦士で、1975年に一軍守備・コーチ補佐を務めていた黒江透修氏が語る。

「ミスターの1年目は“V9の出涸らし”といわれたほど大幅に戦力ダウンしていたが、今の高橋巨人の問題は戦力がダウンしたわけではなく、無駄な戦力が多いことです。例えばマギーを獲ったことで村田(修一)を使う機会を失い、若手の岡本(和真)らが入り込むチャンスもない。しかも高橋巨人は野球が下手。ヒットエンドランがほとんどなく、作戦がバント一辺倒だが、そのバントも下手なんだからどうしようもない。高橋は“野球は選手がやるもの”といったそうだけど、冗談じゃないですよ」

 トレードで日本ハムに放出した大田泰示(27)の本塁打量産を、複雑な思いで見ているファンも多いはずだ。

●防御面では堀内巨人の完敗!

 由伸巨人の防御率はセ・リーグ3位(3.53)と、決して悪くはない。1975年は現役で、2005年は投手コーチで辛酸を嘗めた関本四十四氏が話す。

「菅野(智之)、マイコラスは安定しており、田口(麗斗)も調子がいい。特に先発陣は頑張っていると思う」

 7勝している菅野の防御率は2.50、5勝の田口は2.10、6勝のマイコラスは2.64だ。1975年も今季と同程度の防御率だったが、前出・淡口氏はこう明かす。

「今だから言いますがあの時は正直、投手交代に難があった。ピッチャーはボールが先行すると“逃げるな”といってすぐに交代させられた。これでは良い成績は残せませんよ。バッターも“来た球を打て”と長嶋監督からアドバイスされて困ってました(苦笑)」

 防御面で“最弱”なのが2005年だ。指揮官はV9時代のエース・堀内監督だったが、防御率4.80は球団史上最悪。主な先発投手陣の防御率は上原浩治の3.31、高橋尚成が4.47、11勝した工藤公康でも4.70で、桑田真澄は7.25で0勝7敗だった。前出・関本氏がその内情を語る。

「僕は二軍コーチでしたが、クローザーで獲得したミセリが開幕1か月で退団。エース・上原の故障やリリーフ陣の駒不足などもあり、投手陣は壊滅状態でした」

 入団時に「50セーブしたい」と豪語したミセリは4月17日のヤクルト戦前に、二軍降格を説得する首脳陣と衝突。二軍に落とせない契約だったため、ミセリは「解雇してみろ」とばかりに首を斬るポーズを見せて首脳陣を挑発。その2日後に退団が発表されるというドタバタ劇を引き起こした。打撃陣同様、ベンチ、フロントの内ゲバが“投壊”の原因となってしまった。

●1点差負け12球団ワースト

 打では2017年由伸巨人がワースト、投では2005年堀内巨人が最低、1975年長嶋巨人は両方で“次点”と、総合力では甲乙、いや丙丁つけがたい結果となった。

 前出の淡口氏は、

「1975年は弱かったが、終盤に練習しまくって翌年は優勝した。長嶋監督はベンチの裏でヤカンを蹴ってボコボコにするほど喜怒哀楽を出し、選手を鼓舞したが、由伸監督は感情を出さない。選手は怒ってくれた方がやりやすい面がある」

 と、由伸監督の今後の変化を促す。前出の関本氏はこう語る。

「戦力は3時代ともに過渡期にあり、安定していない。あとは監督の差だが、1点差負けは監督の責任と言われます。今年は開幕から1点差ゲームはリーグ戦で5勝13敗。交流戦では1勝4敗と12球団ワースト。この成績をどう判断するかです」

 やはりこれからの采配次第では、由伸巨人の評価が変わってくるとの見方だ。すべての時代を知る巨人ファンはどう見ているのか。落語家のヨネスケ氏が言う。

「長嶋さんの時は逆転負けが多くて、試合が始まるとヒヤヒヤして飯が喉を通らなくなるから、試合前に飯を食っていました。僕は弱い巨人にも慣れています。今年は補強した選手が交互にケガをしたりして、本来の戦力が整っていない。今はクライマックスシリーズ(CS)がある。3位に這い上がればいいから、ファンも選手も気がラクです」

 反転攻勢する前にシーズンが終わらないことを願うばかりだ。

※週刊ポスト2017年7月7日号

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