高校野球 地方大会は甲子園の「予選」なんかじゃない

高校野球 地方大会は甲子園の「予選」なんかじゃない

今年もスコアブックに夏の陽射しが当たる

 7月8日土曜日から、第99回全国高校野球選手権の地方大会が本格的にスタートした。今年の注目選手は清宮幸太郎選手(早稲田実業)といわれるが、甲子園取材歴24年のフリーライター・神田憲行氏は「高校野球の魅力はスター選手だけじゃない」という。

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 ある年の神奈川大会を球場で観戦していたときのことだ。お目当ての試合の前の試合をたまたま見ていた。コールドゲームで、しかも5回で終わっていたと思う。試合終了の挨拶をしたあと、負けた高校の選手が泣き崩れた。応援団席前に挨拶に行こうとしても、泣き崩れて立ち上がれなくなるほどになっている選手もいた。

 悪いけど、そんな泣くか?と思った。大差で全然惜しくない試合じゃん。

 選手の挨拶が終わった後、応援団、といっても丸刈りの小太りの生徒ひとりだけだったと思うが、くるっと観客席に向かって叫んだ。

「みなさん、応援ありがとうございました! 僕たちはこの学校が大好きでした!」

 えっどういうこと?と思いネットでその学校のことを調べてわかった。その年で閉校が決まっていたのだ。

 野球部の3年生だけでなく、学校にとっても「最後の夏」だったんだな。だからなんとか1勝でも、少しでも良い試合をしたかったのだな。それが9回まで試合を続けることができず、その悔しさがあの選手たちの涙につながったのだろう。

 地方大会のことを夏の甲子園を前提にして「予選」という人がいる。私はそのような呼び方をしない。「予選」というと、なにか甲子園に出場することのみに価値があるように見えてしまう。

 だが地方大会には、1勝をあげることを目標にして出てくるチームもあれば、1点を取ること、あるいは出場そのものを目標にしている高校もある。地方大会も目指すべき、れっきとした大会なのである。

 新聞のスポーツ欄にはこれから、各地方大会の結果がずらずらと並んでいく。私にとって夏の風物詩だ。自分が卒業した高校が初戦負けして「また今年も見に行けなかった」と思ったり、統合して校名変更している学校の存在を知り、時代の移り変わりを感じることもある。

 そうやって眺めていると、自分が高校野球に夢中になっていた子ども時代に一気に記憶が引き戻される。

 子どものころ、ぜんそくがひどくて、野球は友だち同士でちょろちょろっとしたくらいの経験しかない。私の野球経験はもっぱら観戦だった。

 奈良県立橿原球場まで自転車をこいでいった。たまに生焼けの部分があったネット裏の屋台のお好み焼き、寝っ転がった外野席の芝生の感触、みんな覚えている。1回戦、2回戦で負けてしまうような学校でも、内野で球回しをするお兄さんのボールが速く、友達と「見えへんぞ」とびっくりした。

 そして観戦のお供はスコアブック。本を読んで1人で付け方を勉強した。ぜんそくがひどくなって球場にも行けないときは小さな机をテレビの前にちょこんと置いて、受信状態の悪い奈良テレビを必死に「解読」しながらスコアを付けた。よその子が日差しいっぱいのなかを走り回っているのに、部屋で1人、胸をヒューヒュー言わせながらちまちまとスコアを付けていた小学生の私の後ろ姿を、母親がどんな思いで見ていたか分からない。

 中学、高校、大学と文系サークルばかりの私だが、ライターになり、縁あって高校野球担当記者になった。テレビの前に座っていた私が、甲子園球場のネット裏の記者席に座った。緑色の机にスコアブックを置いて目をやると、段々畑のような客席の先にバックネットがあり、ホームベースがあり、たっぷりとした黒みをたたえたあの「甲子園の土」があり、緑色の濡れた芝があった。そして全てを見下ろすような巨大なスコアボードが、浜風に揺られる旗をたなびかせながら毅然として存在していた。

 今も病気などで野球が好きでもプレーできない子どもたちがいるだろう。そんな子どもや母親に私は言いたい。

 大丈夫や。神様はちゃんと居場所を用意してくれるで。

 かつての私や、かつての私に見守られながら地方大会で敗れ去っていった選手もそうであったように。

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