甲子園には確かに「文武両道の球児」もいる

甲子園には確かに「文武両道の球児」もいる

野球も勉強も(写真:アフロ)

 甲子園は「プロ注目の選手」ばかりではない。ごく普通の高校生たちもプレーしている。野球と勉強に頑張る選手たちについて、現地からフリーライター・神田憲行氏がレポートする

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「昨日は自主練習で秘密特訓しました。内容? それは秘密ですから言えませんねえ」

 試合前の取材で、彦根東のショート1番の原晟也はそう言って報道陣を笑わせた。原晟也は陽気な性格で、すきあらば面白いことをいって報道陣を笑わせようとする。

「進路は大学進学で、志望校は横浜国立大学です。都会で一人暮らしして社会の荒波に揉まれてみたい。オリンピックもありますし」

 また笑わせた。

 彦根東は滋賀県屈指の公立進学校だ。原晟也の兄も彦根東高校野球部で、現役で京都大学に合格している。

 いまチームでいちばん成績が良いのは、レフトで3番を打つ高村真湖人。文系学年160人中16番という。

「志望大学は神戸大学経済学部。商社マンになりたいんですよ」

 彦根東は授業が始まる前の朝7時30分から、全校生徒が登校して教室や図書館で勉強する習慣がある。高村は始発電車に乗って、他の生徒より早い朝7時から学校で勉強している。

「30分でも積み重ねれば大きいと思って」

 そこまで勉強が出来る生徒がなぜ野球をやって甲子園でプレーしているのか。

「僕は甲子園に出たくて、東高に来たんですよ。東高が初めて甲子園に出たときに中学生で、真っ赤なアルプスで応援しました。そのとき、絶対ここに入って甲子園に出ると決めました」

 彦根東は今大会が二度目の出場。初出場は2013年、初戦で花巻東に敗れたものの、アルプスが赤いポロシャツを着た応援団で埋まり、甲子園を湧かせた。学校がある彦根城の城主・井伊家の武具「井伊の赤備え」にちなんだものである。

 中学生時代にそのアルプスで応援して、雰囲気に憧れて野球部に入学した生徒も多い。

 彦根東は初戦を勝ったものの、2回戦で青森山田に敗れた。

 4点差を追いかけた9回ツーアウトから三塁打を放った原晟也は、スタンドの拍手に合わせて頭でリズムを刻みながら三塁ベースからリードする。だが次打者のライナーを青森山田の三塁手が好捕したのを見て、天を仰いだ。

 試合後の原晟に聞いた。

──これで勉強に切り替えますか?

「うーん、ちょっと難しいですね(笑) でも2年半、真剣に野球に打ち込めたので、勉強にも打ち込めると思います」

 と、原晟也は朗らかに話した後、急に顔を崩した。

「やっぱり、もっと野球がしたかったな、と……」

 彦根東と同じく、今大会の進学校として注目を集めたのが東筑である。福岡大会では九産大九州、福岡工大城東、西日本短大付属と強豪を破った。しかもさらに決勝戦で今春の選抜8強の福岡大大濠を降ろして甲子園出場を決めたことで、高校野球ファンを驚かせた。

「チームで誰がいちばん成績が良いんですか」と聞いて回って、「あいつです」と全員が指をさしたのが控え投手の背番号10の山本悠可。

「君がいちばん成績がいいんですか?」と訊ねるとコクリと頷いた。

 理系で30番。志望は京都大学工学部。得意科目は物理。

「目に見えない電子から惑星のような大きなものまで勉強するので面白いです」

 山本は毎日3時間の練習を終えたあと、21時ごろ帰宅。それから就寝する12時までが、食事、お風呂、勉強などの時間だ。思ったより、毎日の勉強時間が少ない。

「勉強は量より質。授業に集中すればいいんです。それにどっちかというと、野球を頑張ってきました」

 大学に進学しても野球を続けるつもり、という。

「高校でレギュラーを取れなかったのが悔しいです。大学では絶対、レギュラーを取りたいです」

 さて、文武両道とは、有名大学に進学する進学校の生徒のためだけにある言葉ではない。

 商業、工業のような実業系学校、学科で勉強を頑張っている選手も多い。

 北北海道代表の滝川西は、元は私立の滝川商として創立された。1973年に滝川市に移管されて現在の校名で公立校となった。現在も普通科と商業科系の会計ビジネス科と情報ビジネス科を置いている。

 背番号「4」の三上竜輝は会計ビジネス科に通う選手のひとり。

「僕、野球と同じくらい勉強も好きなんです」

 と笑う。

 商業科系の生徒は在校中にさまざまな資格試験の獲得に挑戦する。三上は日商簿記2級以外にも、全商(全国商業高校協会)の検定で1級を4つ持っている。

「全商1級を3つ以上持っていると、卒業式に協会の方から表彰されます」(佐藤健部長)

 滝川西では三上以外にも、多くの資格を取得した選手たちが他にもたくさんいる。秘訣は冬季の「勉強特訓」だ。

 北北海道は冬季になると雪が積もってグラウンドでの練習ができなくなる。その期間、室内でウエイトトレーニングの一方、自習室で野球部員たちは資格試験の勉強に集中する。

「冬休みの期間の勉強は野球の試合時間を想定して、2時間インターバルで、朝から夕方まで毎日やっています」(佐藤部長)

 選手によると、先輩が後輩に教えたり、チームの結束力を高める効果もあるそうだ。

 三上は右ひじの故障から、「4」のレギュラー背番号ながら北北海道大会でも十分な出場機会がなかった。初戦の仙台育英戦でも、途中からの出場になった。

 試合後、それまで落ち着いて取材に答えていた三上が、自分の野球について触れたとき、初めて声を震わせた。

「大会前に背番号の移動とかある中で、小野寺大樹監督は自分にずっと4番を付けさせてくれた……なんとか監督の恩返ししたかったです……」

 三上は「僕の野球は高校で終わりです」という。甲子園を去ったあと、英語の検定試験に向けてさらに勉強を頑張る。

「僕には上で野球を続ける実力がないことがわかりました。だからもうひとつ好きな勉強の道に行きます」

「公立大学のAO入試を狙っています。資格取得はその試験に有利なるから頑張っていました。大学に行って、将来は銀行員になるのが夢です」

「銀行員になって野球をやらせてくれた親に恩返しして、過疎化に悩む北海道の街に貢献したいです」

 部活をやって、勉強もやる。甲子園はスター選手ばかりでなく、ごく当たり前の高校生もプレーしている。

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