横浜高校・増田珠の母「いずれ息子の本を書いてみたい」

横浜高校・増田珠の母「いずれ息子の本を書いてみたい」

ドラフトでは上位指名が期待される増田珠

 野球のU-18ワールドカップの開催地であるカナダ・オンタリオ州サンダーベイには、まさしく雷鳴の如き黄色い声援が飛んでいた。

「キヨミヤあ~、一発、タノムよお~!!」
「初球よ、初球! 初球を狙い打て~!」

 五大湖のひとつ、スペリオル湖畔の田舎町は、日本人が訪れるような観光地ではない。わざわざ高校日本代表を応援しにくるファンも少なく、それゆえ息子のプレーに熱狂し、一喜一憂する彼女たち──サムライ戦士の母親たちの姿が余計に目立っていた。

 2年に一度開催されるU-18W杯に、日本は甲子園で活躍した球児を中心とした高校日本代表を送り込んでいる。

 今年は怪物・清宮幸太郎(早稲田実業)が主将を務め、夏の甲子園で、清原和博が保持していた1大会の本塁打記録「5」を「6」に更新した広陵・中村奨成も選出。

 さらに清宮と並ぶ左の大砲として将来が期待される履正社の安田尚憲や、選抜決勝で2本塁打を放った大阪桐蔭の藤原恭大と報徳学園の小園海斗の2年生コンビもいて、悲願の世界一に向け役者は揃っていた。

 サムライの母親たちは、予選リーグの初戦から日本ベンチ側のスタンドに陣取り、大同団結していた。

 中でも、常に母親集団の先頭を歩き、リーダー的存在だったのが、横浜高校の増田珠(しゅう)の母、美穂さんだ。予選リーグのある日の試合後に声をかけたら、「今日は“ママたちの宴”がございまして(笑い)」と、一度は軽快にかわされてしまった。

 キューバの練習風景を眺めていた日には、左足と右足で違う色のストッキングを穿いているキューバ選手を見つけるや、「斬新ね。清宮君には(ユニフォームの着こなしで)オールドスタイルを貫いてほしいわ。だって日本のベーブ・ルースなんだから」とママたちの前で独特な自説を展開していた。

 増田は名門・横浜高校で1年生の夏からレギュラーを獲得した、打って走って、守れる外野手だ。今秋のドラフト上位候補のひとりでもある。

 どちらかといえばクールな野球エリートが集まっている印象の強い同校にあって、プレー中に笑顔を絶やさない増田の天真爛漫なプレースタイルは、この母の血を継いでいるのだろう。言葉のセンスが何とも絶妙で、美穂さんの仕事が地元・長崎の情報誌などに寄稿するライター業だと聞いて、なるほどと得心した。

◆「息子のことが大好きなので…」

 しかし、母は絶口調でも、W杯における増田のバットは湿っていた。初戦のメキシコ戦、第2戦のアメリカ戦でヒットが出ず、その後はスタメン落ち。4戦を終えて9打数無安打だった。9月5日の予選リーグ最終戦の南アフリカ戦では、あれだけテンションの高かった美穂さんがパーカーのフードを目深に被り、息子が打席に立てば手を組んで静かに祈りを捧げていた。

 そして待望の初ヒットが3回に飛び出す。叫び声を上げた美穂さんは、周りに座っていたママたちから握手攻めに遭っていた。

「彼の野球人生でこれほどヒットが出なかったことってないと思うんです。本人が一番苦しんでいましたから、なんとかチームのお役に立てて良かった……」

 改めて取材に応じてくれた美穂さんは興奮さめやらぬ様子だった。

 長崎出身で一人っ子の増田は、小学生の頃はソフトボール、中学に入って硬式野球に転向した。

「チームを選ぶ時も、練習を見学に行って、指導者の方や先輩たちと話してみて、高校の進学先の選択肢が広そうなチームを自分で選んだ。その頃から横浜高校に行きたいと。親である私は行けるわけがないと思っていたんですが……」

 中学3年になる春の全国大会に出場した際のプレーを横浜高校関係者が見て、入学が決まった。増田はその年、メキシコで開催されたU-15の日本代表にも選出された。その時のメンバーで、今回のU-18にも選ばれた選手は増田だけだ。

「これまでの進路は、すべて息子自身が決めてきました。息子の選択が間違ったことはありませんし、一番正しい道を選んでいる。私たちが意見することはありません。LINEを送るとどうしても長文になってしまう。息子のことが大好きなので、いずれ息子の本を書いてみたい(笑い)」

 増田は大会終了後にプロ志望届を提出する見込みだ。

●文/柳川悠二(ノンフィクションライター)

※週刊ポスト2017年9月22日号

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