清宮幸太郞 W杯で母に「おう!」と照れずに挨拶し話題に

清宮幸太郞 W杯で母に「おう!」と照れずに挨拶し話題に

母の前で高校通算本塁打記録をさらに伸ばした

 9月1日に開幕した『第28回WBSC U-18ベースボールワールドカップ』。2年に一度開催されるこのW杯に、日本は甲子園で活躍した球児を中心とした高校日本代表を送り込んでいる。プロのスカウトの注目を集める怪物たちが揃ったその現場で、はるかカナダまで応援に駆けつけた怪物の母親たちもまた、怪物級の熱意の持ち主だった。ノンフィクションライターの柳川悠二氏が、怪物の母たちについてお届けする。

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「いつか、どこかの舞台でもう一度、1、2番コンビが組めたらいいね」

 そう誓い合っていたふたりの母親の夢は、わずか2年後に叶った。

「別の高校に進学しましたから、まさかこんなに早く実現するなんて」

 そう話したのは報徳学園で1年生からレギュラーを張る小園海斗の母・こずえさんだ。小園と大阪桐蔭の藤原恭大は、中学時代を同じオール枚方ボーイズ(大阪)で過ごし、1、2番のコンビで全国優勝を経験した。

 そのふたりが、2年生ながら高校日本代表に選ばれ、名だたる先輩たちを押しのけ、スタメンで上位打線に名を連ねたのである。

「枚方の頃からいつも(小園)海斗と(藤原)恭大は競い合ってきた。お互いがお互いにとって最大のライバルなんです」(こずえさん)

「(6月の)一次選考に名前が入っただけでもありがたいことだと母親同士で話していました。この舞台で大きく成長してくれたら」(藤原の母・道子さん)

 外野手の藤原は、PL学園の最後の部員であった2歳上の兄と一緒に野球を始めた。昔からとにかく身体能力が同級生と比べて飛び抜けていた。強肩もさることながら、特筆すべき能力は足だ。50メートル走は5秒7。100メートルも10秒台が狙えるという。一方、小園も俊足で、遊撃手としては捕球してから送球するまでの動作が速く、そして美しい。いずれも来年、100回大会を迎える夏の甲子園の主役となれる逸材である。

 実はこずえさんは、サッカー・なでしこリーグの前身であるLリーグの「旭国際バニーズ(現在は消滅)」のMFとしてプレーしたアスリートだった。

「本当はサッカー選手にしたかったけどサッカーボールには目もくれず(笑い)」

 今年の高校日本代表には母親が元アスリートという選手が目立った。早稲田実業・清宮幸太郞の母・幸世さんが慶應大学ゴルフ部のキャプテンだったことは有名であり、履正社・安田尚憲の母・多香子さんも国体に出場したやり投げ選手。

 ある名門校でスカウトを担当していた名物部長は、有望な選手の将来を見極める要素として、「父親よりも母親の身長や体格、足首に着目する」と話していたが、元アスリートとなればその才能は色濃く息子に受け継がれるのかもしれない。

 さらに母親のアスリート経験は、子供の栄養管理にも影響を及ぼす。清宮家では幼い頃からジャンクフードを食べさせることは絶対になく、炭酸飲料も飲ませなかった。清宮も早実では必ず母親の手作り弁当を食べ、外食する機会があっても、両親の意向を汲んだ料理メニューを提供してくれる飲食店にしか足を運ばないという。

 そんな英才教育を息子に施してきた幸世さんは、予選ラウンドの最終日に到着する重役観戦。報道陣も“主役”の登場にざわついた。

 プレイボールの直前、観客席に座った母を見つけた清宮は、「おう!」というように左手を挙げた。普通、年頃の高校生は、応援熱心な母親の存在を煙たがるものではないだろうか。人目を憚らず母親に挨拶する18歳の姿は、スカウトの間で話題になっていた。

 予選ラウンドでなかなか安打が出ず、「絶不調。ワケがわからなくなっている」と打ち明けていた清宮は、母が到着したこの日、高校通算本塁打記録をさらに伸ばす110本目の本塁打を放って声援に応えた。

 2年前の兄・寛士に続き、サムライジャパン入りしたのが、中京大中京の外野手・伊藤康祐だ。母のしほさんは、夫と共に兄弟が幼少の頃から練習に付き添ってきた。

「私が高校までソフトボールをやっていたので、男の子が生まれたらキャッチボールをしたいなってずっと考えていました。母親も一緒に“動ける”ということが、ふたりとも甲子園球児に育ってくれた一因かもしれませんね」

 兄は法政大学に進んだが、「大学には進学したくない」と話しているという弟は、プロ志望届の提出が濃厚である。

※週刊ポスト2017年9月22日号

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