【DeNA】「横浜は永遠に忘れない」ダンディな名将・権藤博さん殿堂入りセレモニー

【DeNA】「横浜は永遠に忘れない」ダンディな名将・権藤博さん殿堂入りセレモニー

波留敏夫コーチ、岡村社長、権藤博氏、三浦大輔コーチ

 30日のベイスターズ対ドラゴンズ戦に先駆けて、今年1月に競技者表彰委員会・エキスパート表彰で野球殿堂入りを果たした権藤博氏を称え、セレモニーを行った。

 権藤氏は1998年、横浜の地に38年振りにチャンピオンフラッグをもたらした際の監督で、2000年まで指揮を振るった名将。現役時代は中日ドラゴンズに所属していたこともあり、球場全体がお祝いムードに包まれた。ビジョンには98年当時の教え子達が登場し、思い出や秘話が明かされた。

 不動の司令塔だった谷繁元信氏は「自分のプランを崩さない。信頼感があった」、左腕エースの野村弘樹氏は「信用してくれていたから、責任感が出た」、絶対的クローザー大魔神・佐々木主浩氏は「やりやすい環境を作ってくれた。成長出来た」、三浦大輔現一軍投手コーチは「投手としての姿勢を教えてくれた」、98年の開幕投手、川村丈夫現二軍投手コーチは「弱気になるのがわかると怒る。ピッチャーはストライクを投げろと教わった」、マシンガン打線の3番打者・鈴木尚典氏は「監督と呼ぶなと言われた。同じ立ち位置で戦うボスだった」、ヘッドコーチ(当時)の山下大輔氏は「選手も個性派揃いだったが、その上を行く個性派監督だった」と各々の話に、詰めかけたファンもビジョンにくぎ付けとなっていた。

 「監督と呼ばせない」、「ミーティングはしない」、「送りバントはしない」、「2ストライクナッシングから1球ボールを投げさせる意味が分からない」、「中継ぎピッチャーにもローテーション」、などの常識に囚われない野球観は、時に非難も浴びた。しかし、結果で黙らせる様はその風体とともにダンディズムが漂っていた。

 セレモニーで横浜DeNAベイスターズ・岡村信悟社長から記念の盾とプレートを、ベイスターズから三浦コーチ、ドラゴンズからは98年の2番センターだった波留敏夫一軍打撃コーチから花束が贈られた後、権藤氏は壇上でスピーチ。第一声で「カッコイイですね。わたし」と発し、ハマスタを沸かせた後、「お客様の声援で日本一になりました。殿堂入りも出来ました」と、観客に感謝の弁を述べ、スタンドからは盛大な拍手が送られた。

 1998年以来リーグ優勝、日本一からも遠ざかっているベイスターズ。権藤氏からは「いい選手が揃った面白いチームになったので、チャンスはあると思います」との言葉を送られた。名将のエールを受け、21年振りの歓喜の時が秋にやってくる事を信じたい。

写真・取材・文 / 萩原孝弘

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