日ハム・近藤、恩師が語る「ヒット量産の原点」

日ハム・近藤、恩師が語る「ヒット量産の原点」

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 リーグ5位と不調にあえぐ日本ハム(6月15日現在=以下同)だが、その中で一人、獅子奮迅の活躍を見せているのが近藤健介(23)だ。「50試合に出場して、いまだ打率4割台をキープしています。日ハムの前身である日拓時代の1973年に、張本勲が記録した“46試合”を大幅に塗り替える球団新記録なんです」(スポーツ紙記者)

 日本プロ野球の最長記録は、89年に巨人・クロマティの96試合。これが、次に近藤が目指す記録となる。「今年はまだ90試合ほど残っていますが、このペースを維持できれば、00年にパ・リーグ最高打率3割8分7厘をマークしたイチローを超えて、日本球界初の4割打者誕生も夢ではありませんね」(前同)

 ファンの期待を一身に背負う近藤だが、6月4日の阪神戦から右太もも裏の張りのため、スタメンからは外れてしまった。「ただ、5日には病院での検査の結果、異常なしとの診断が下されており、復帰の日はそう遠くはないでしょう」(同)

 いち早く故障から復帰し、打ちまくってもらいたいものだが、近藤はなぜ、こんなにもヒットを量産できるのだろうか。その理由を探るべく、本誌は、近藤が小学校時代に所属していた少年野球チームでコーチを務めていたT氏を直撃した。

「健介のお父さんは、中学校の野球部の監督だったんですよ。だから、彼も将来は父親のように教職に就いて、野球部の監督になるんだろうなと漠然と思っていました。それが、プロに入って、4割バッターになっているわけですから、当時、私が教えていたなんて、もう恥ずかしくて言えませんよ(笑)」(T氏)

 同チームから生まれたプロ野球選手は、近藤が初めてだった。それだけに、当時から光るものがあったという。「当時は、キャッチャーが専門でしたが、たまにピッチャーと内野手もやっていました。それだけ器用な子でしたね。バッティングセンスは、やはりズバ抜けていましたよ。軟式の少年野球で、グラウンドの柵を越えて道路までボールを飛ばす子どもなんて、まずいません。なのに、健介はそれが日常でしたからね」(前同)

 あふれる才能があったことは間違いないだろうが、それよりも大事な才能を、近藤は持っていたという。「彼はとにかく野球が大好きだったんですよ。学校から帰ってくると、毎日、“野球やろうよ”と友達を誘っていました。グラブは毎日、自分で磨いてキレイにしていたし、キャッチボールをやるだけでも、とても楽しそうだったのが印象に残っていますね」(同)

 野球は、技術よりも重要なものがある、という指導方針があったようだ。「今のプロ野球で活躍する選手は大半がリトル、シニアで小中学生の頃から硬式を経験している、いわば野球エリート。ところが、健介のお父さんは、“硬式は高校に入ってからで十分。まずは部活に入って、野球を好きになることが何より大事”という教えだったんです。健介はまさに、その教え通りに育ったんでしょう」(同)

 まさに、“好きこそ物の上手なれ”という言葉がピッタリ当てはまる近藤。史上初の4割打者誕生に期待したい!

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