【プロ野球通信】巨人に別れ告げたマシソン、最後の目標は東京五輪

【プロ野球通信】巨人に別れ告げたマシソン、最後の目標は東京五輪

巨人に8年間在籍したマシソン。カナダ代表として東京五輪を目指す=10月19日、ヤフオクドーム(荒木孝雄撮影)

 日本を誰よりも愛した助っ人が、プロ生活に別れを告げた。巨人のスコット・マシソン投手が、今季限りで退団し、一線から退く考えを表明した。2012年に来日し、救援陣の中心として4度のリーグ優勝に貢献。外国人投手で球団最長の8年間在籍した右腕は、カナダ代表として日本で行われる2020年東京五輪を最後の花道にしたい考えだ。

 「巨人のユニホームを着ることは光栄だった」。正式に今季限りでプロ生活に終止符を打つことを表明した10月25日、マシソンは晴れやかな表情で話した。日本でのデビュー戦で受けたファンの歓声は今でも忘れられないといい、「巨人ファンの前で投げることは特別だった」と感慨に浸った。

 カナダ出身で、大リーグのフィリーズでプレーしていたマシソンは、27歳で守護神候補として巨人入り。150キキロを超える直球やスライダーを武器に、1年目の12年からリーグ3連覇を果たしたチームのブルペンを支えた。山口鉄也氏(現巨人アカデミーコーチ)、西村健太朗氏と鉄壁の救援陣を形成し、13年には2勝40ホールドを記録して最優秀中継ぎ投手に。16年にも2度目の最優秀中継ぎ投手となり、8年間で421試合に登板した。

 巨人を愛し、日本を愛した8年間だった。時に休日返上で練習に取り組むなど真摯(しんし)な姿勢は最後まで変わらず、チームが勝つためにはどんな犠牲もいとわない強い気持ちを持っていた。宮本投手総合コーチは「功績は大きい。日本人の魂を持った投手」と評価した。

 先輩の助言にも熱心に耳を傾け、特に長くバッテリーを組んだ阿部から「80%(の力)で投げろ」とアドバイスされたことは常に心にとめてきた。自身の引退記念試合でマシソンを先発投手に指名した阿部は「寂しい。いずれ巨人に戻ってきて何かに携わってほしい」と惜しんだ。

 私生活では来日した12年に第1子が生まれ、日本で子育てする際に多くのサポートを受けたといい、「次も日本で生みたい」と15年に第2子が誕生。「日本に来ることに不安はあったが、日本人の、あらゆるものを敬う気持ちは共感できた」といい、日本語では「いただきます」がお気に入りになった。

 今後は母国のカナダ代表として東京五輪に出場することが最終目標で、11月に開催されるプレミア12に参戦する予定。「チャレンジは難しいけど、東京五輪でみなさんに会えることを楽しみにしている」。8年間で培った「大和魂」を胸に、最後まで戦い続ける。(運動部 小川寛太)

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