清原和博氏の長男が入部した慶応大野球部に“異変”が起きていた!

清原和博氏の長男・清原正吾入部の慶應大野球部に“異変” AO入試の影響か

記事まとめ

  • 過去5年間で明治大と並んで3度の優勝を飾っている慶應大野球部に異変が起こっている
  • 甲子園の常連校出身と言える選手は、新井朝陽(三重)と藤田大和(静岡)だけ
  • 高橋宏斗(中京大中京→中日1位)ら多くの希望者がAO入試にことごとく不合格に

清原和博氏の長男が入部した慶応大野球部に“異変”が起きていた!

清原和博氏の長男が入部した慶応大野球部に“異変”が起きていた!

過去5年で3度の優勝を誇る慶応大。今後の戦いぶりに注目したい(慶應義塾体育会野球部HPより)

■強豪校出身選手が少ない


 全国には26の大学野球連盟があるが、歴史と知名度で圧倒的なナンバーワンと言えるのが東京六大学だ。一つの競技に一つと決められている天皇杯は、プロ野球の日本一を勝ち取ったチームではなく、東京六大学のリーグ戦優勝チームに授与されることになっていることからも、その存在の大きさが分かるだろう。

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 東京大を除く、5チームには毎年のようにプロからの注目度の高い選手が入学し、そのレベルの高さも全国で指折りであるが、今年は少し様子が違うようだ。

 異変が起こっているのが過去5年間で明治大と並んで3度の優勝を飾っている慶応大だ。東京六大学野球連盟のホームページには、6チーム全ての登録部員が公開されているが、慶応大の1年生を見ると2年生以上の上級生と比べても明らかに野球の強豪校出身の選手が少ないことが分かる。

 大学の付属である慶応高校を除くと、甲子園の常連校出身と言える選手は、新井朝陽(三重)と藤田大和(静岡)だけ。しかも藤田は東京大への進学を目指して2年間の浪人のすえ、慶応大に進学しており、完全に野球の実力で入学してきたわけではない。

 高校時代に甲子園出場経験があるのは、投手の浮橋幸太(冨岡西)だけであり、その浮橋も1年間の浪人を経て進学している。また、元巨人・清原和博氏の長男で、高校ではアメリカンフットボールに転じていた清原正吾(慶応高・一塁手)の入部が話題となっていたが、高校野球を経験していないだけにその実力は未知数と言わざるを得ないだろう。


■おなじみの学校名


 ちなみに東京大を除く4大学の新入生で、高校時代から評判となっていた選手を並べてみると、以下のような顔ぶれとなっている(★は甲子園出場経験あり)。

早稲田大
宇野竜一朗(投手・早稲田実)、★印出太一(捕手・中京大中京)、★栗田勇雅(捕手・山梨学院)、★中村敢晴(遊撃手・筑陽学園)、田中翔太郎(外野手・春日部共栄)、★吉納翼(外野手・東邦)

明治大
浅利太門(投手・興国)、菊地竜雅(投手・常総学院)、千葉汐凱(投手・千葉黎明)、★藤江星河(投手・大阪桐蔭)、★松島元希(投手・中京大中京)、★横山陽樹(捕手・作新学院)、杉崎成(一塁手・東海大菅生)、★池田凜(二塁手・履正社)、★加藤巧也(三塁手・大阪桐蔭)、★水谷公省(三塁手・花巻東)、★宗山塁(遊撃手・広陵)

立教大
★沖政宗(投手・磐城)、三河吉平(投手・春日部共栄)、★戸丸秦吾(捕手・健大高崎)、★田中祥都(二塁手・仙台育英)、★宮川雄基(遊撃手・明豊)、小木曽星音(外野手・常総学院)

法政大
安達壮汰(投手・桐光学園)、阿部巧雅(投手・上田西)、★篠木健太郎(投手・木更津総合)、山城航太郎(投手・福岡大大濠)、吉鶴翔瑛(投手・木更津総合)、★鈴木大照(捕手・明徳義塾)、田所宗大(捕手・いなべ総合)、★吉安遼哉(捕手・大阪桐蔭)、中津大和(遊撃手・小松大谷)、★西村友哉(外野手・中京大中京)、姫木陸斗(外野手・日大藤沢)

 高校野球ファンであれば、おなじみの学校名が並んでいることがよく分かる。また、プロ志望届を提出していれば、ドラフトで指名される可能性があった選手も少なくない。慶応大のライバルである早稲田大も推薦の枠が少ないと言われているが、甲子園出場経験のある選手が4人入学してきており、印出と吉納は既に連盟のホームページ上では背番号も登録されている。慶応大だけ有望な新入生の獲得が上手くいかなかったと言われても仕方がないだろう。


■「ノーヒットワンラン」の敗戦


 その背景にあると言われているのが高橋宏斗(中京大中京→中日1位)の存在と、入試制度の問題である。高校ナンバーワンの呼び声も高かった高橋は兄と同じ慶応大への進学を目指していたが、AO入試に不合格となったことでプロ志望に転じ、ドラフト1位で中日に入団している。

 高橋以外にも多くの強豪校から慶応大への進学希望者がいたものの、ことごとく不合格となり、他の大学や社会人チームへ進んだという。高橋ほどの選手が不合格になるのであれば、それ以外の選手にも合格を出しづらいと判断したとしても不思議のないことだろう。また、例年のAO入試は書類審査と面接によって行われているが、昨年はコロナ禍の影響で書類審査のみとなっており、その点も影響したと言われている。

 有名高校球児の慶応大受験について話題となるのは、これが初めてのことではない。1973年には“昭和の怪物”と言われた作新学院の江川卓が不合格となり、結局、江川は東京六大学のライバルでもある法政大へ進学。また、92年には夏の甲子園で優勝投手となった森尾和貴(西日本短大付→新日鉄八幡)も合格できず、社会人野球へ進んだ。

 ちなみに、江川が入学した後の法政大は76年春からリーグ戦4連覇を達成するなど黄金時代となり、江川の在学期間中、慶応大は一度も優勝することができていない。また、森尾が不合格となった後の4年間も慶応大は優勝を逃し続けている。

 当時と比べると、付属の慶応高校から入部してくる選手のレベルが上がっており、上級生にも力のある選手が多く、いきなり弱体化することは考えづらいが、開幕カードの法政大戦の初戦でいきなり「ノーヒットワンラン」(ノーヒットで1得点)の敗戦を喫したのは幸先が悪いと言えそうだ。“陸の王者”がこのまま低迷期に入ってしまうのか、今後の戦いぶりに注目したい。

西尾典文(にしお・のりふみ)
野球ライター。愛知県出身。1979年生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行う。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。

デイリー新潮取材班編集

2021年4月18日 掲載

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