日本らしい細かい技でドミニカに勝利、やはり外国人選手にはフォークが効果的【柴田勲のセブンアイズ】

日本らしい細かい技でドミニカに勝利、やはり外国人選手にはフォークが効果的【柴田勲のセブンアイズ】

先発を任されたのは、いまや、日本投手陣の大黒柱と評価されている山本由伸(オリックス)

※日本対ドミニカ共和国

東京五輪 野球(1次リーグ・グループA)
日本対ドミニカ共和国(福島県営あづま球場、12時試合開始)
    123456789計安失
ドミニカ000000201 3 8 0
日  本000000103 4 9 0
勝 栗林良吏  敗 J・アセンシオ
◆二塁打 C・バレリオ、柳田悠岐、 E・メヒア、G・ヌニェス  
試合時間3時間16分


■土壇場で坂本らしさ


 日本、ドミニカ相手に気持ちのいい逆転サヨナラ勝ちだった。少し心配しながら見ていたが、劇的な白星発進となった。やはり各地区から出場権を獲得してきたチームは侮れないということだ。油断は禁物だ。

 9回一死満塁、坂本勇人が出てきたところで勝つと確信した。こんなシーンでは思い切りいくタイプだ。初球の甘い球を見逃さなかった。中堅へのサヨナラ打は坂本らしさが土壇場で発揮されたと思う。

 日本の山本由伸、ドミニカのC.C.メルセデス、両先発投手はどちらもよかった。特にメルセデスは巨人で投げている時よりもよかったのではないか。持ち味をフルに出していた。もともと、投球テンポがいいし、この日は制球もさえていた。7回に浅村栄斗、柳田悠岐の短長打で無死二、三塁とされ降板したが、先発の役割を十分果たした。

 山本もいまや、日本投手陣の大黒柱と評価されているだけのことはある。立ち上がりは固くなっていた。それでも1回の1死一、二塁を併殺打で切り抜けると落ち着いて、小さく落ちるフォークを効果的に使ってしのいでいった。

 7回から青柳晃洋にマウンドを譲った。88球での交代となったが、外国人相手にはフォークが大きな武器になると改めて思った。青柳は低めにストレートや変化球を集める。丁寧だが、外国人選手はパワーがある。低めでも捉えられたらやられる。追い込んだらフォークだ。山崎康晃には大きなフォークがある。これは強みだ。


■9回の攻撃は日本の底力


 8回の1死二塁。走者は山田哲人、吉田正尚の左前打で本塁に突入したがアウトになった。三塁で止まっていたら一、三塁だったがこれは仕方ない。走者は足のある山田でどうしても1点ほしい場面だ。あれは左翼手の好返球だった。でも、山田がヘッドスライディングで低く滑っていたらまた違っていたかもしれない。追いタッチになる。

 まあ、三塁で止まり送球が逸れていたら、後で、「なぜ突っ込ませなかった」となる。

 それよりも7回の無死二、三塁で菊池涼介が空振りの三振、ボール球だった。1点は取ったが同点、逆転できるチャンスだった。

 もとに戻るが9回の攻撃は日本の底力を見せつけた。2点を追って1死から柳田の一塁内野安打、代打・近藤健介の安打で一、二塁、村上宗隆の右前打で1点差と迫って一、三塁。三塁走者に源田壮亮を起用すると、甲斐拓也がスクイズを成功させた。

 日本らしい細かい野球だった。対照的に逆転サヨナラのきっかけとなった柳田の一塁内野安打は一塁手が取ったが投手のカバーがなかった。

 荒っぽい印象があった。

 最後になるが、開会式は少し地味だったけど良かったと思う。王(貞治)さん、そして長嶋(茂雄)さんが登場した。長嶋さんはお身体が不自由なのに…、やはり五輪には特別な思い入れがあると思う。亡くなられた亜希子夫人とは五輪が取り持つ縁だった。感慨ひとしおだったろう。

 私も開会式は2度見たことになる。日本はメダルラッシュが続く。自宅でテレビ観戦して応援する毎日だ。

 次の対戦は31日のメキシコ(横浜スタジアム)だ。勝って、しかも逆転サヨナラだ。メキシコ戦まで気分よく過ごせるだろう。もちろんテレビの前で応援だ。

柴田勲(しばた・いさお)
1944年2月8日生まれ。神奈川県・横浜市出身。法政二高時代はエースで5番。60年夏、61年センバツで甲子園連覇を達成し、62年に巨人に投手で入団。外野手転向後は甘いマスクと赤い手袋をトレードマークに俊足堅守の日本人初スイッチヒッターとして巨人のV9を支えた。主に1番を任され、盗塁王6回、通算579盗塁はNPB歴代3位でセ・リーグ記録。80年の巨人在籍中に2000本安打を達成した。入団当初の背番号は「12」だったが、70年から「7」に変更、王貞治の「1」、長嶋茂雄の「3」とともに野球ファン憧れの番号となった。現在、日本プロ野球名球会副理事長を務める。

デイリー新潮取材班編集

2021年7月29日 掲載

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