松坂大輔で潮目が変わった? 「甲子園優勝投手は大成しない」説を徹底検証

 甲子園の優勝投手が海を越えて躍動している。

 8月27日(日本時間28日)、田中将大(ヤンキース)は菊池雄星(マリナーズ)との投げ合いを制し、今シーズン10勝目をマークした。これで田中は日本人初のMLB6年連続二桁勝利となった。そして、それ以上に興味深いのが日米通算の勝利数だ。NPBでは7年間で99勝、MLBでは74勝と合計で173勝となり、同じく夏の甲子園優勝投手である桑田真澄(PL学園→巨人→パイレーツ)と並んだのである。

 昔から『甲子園優勝投手は大成しない』という定説があるが、過去の優勝投手で200勝以上を記録しているのは野口二郎(中京商→セネタースなど:237勝)と平松政次(岡山東商→日本石油→大洋:201勝)の二人だけである。もし、田中がこのまま勝ち星を積み上げて200勝に到達すると、夏の甲子園優勝投手で初めて名球会入りを果たすことになるのだ(※名球会の会員資格は昭和生まれ以降という規則があるため野口は対象外)。

 田中の例を見ても分かるように、『甲子園優勝投手は大成しない』という説は、松坂大輔(中日)が率いた横浜が春夏連覇を飾った1998年を区切りとして徐々に変化しているようだ。

 98年から昨年の2018年までの甲子園優勝投手は21年間でのべ38人となるが、そのうち半数以上の21人がプロ入りしている。一方、88年から97年の10年間を見てみると、優勝投手20人のうちその後プロ入りしたのは山田喜久夫(東邦→中日)、吉岡雄二(帝京→巨人)、南竜次(天理→日本ハム)、三沢興一(帝京→早大→巨人)、下窪陽介(鹿児島実→日大→日本通運→横浜)、長崎伸一(天理→プリンスホテル→ロッテ)の6人だけである。

この中で投手として最も成績を残したのは三沢だが、9年間で296試合に登板、28勝18敗6セーブにとどまっている。一方、98年以降にプロ入りした優勝投手で三沢と同等以上の成績を残している選手を探すと、以下のようになる。

98年春・夏:松坂大輔(横浜)   376試合170勝108敗1セーブ3ホールド
99年夏:正田樹(桐生第一)    123試合25勝38敗0セーブ4ホールド
01年夏:近藤一樹(日大三)    325試合43勝56敗3セーブ68ホールド
02年春:大谷智久(報徳学園)   338試合20勝32敗0セーブ120ホールド
03年春:西村健太朗(広陵)    470試合38勝34敗81セーブ77ホールド
04年春:福井優也(済美)     116試合32勝37敗0セーブ0ホールド
05年夏:田中将大(駒大苫小牧)  334試合173勝76敗3セーブ0ホールド
07年春:田中健二朗(常葉菊川)  208試合11勝13敗1セーブ50ホールド
08年春:東浜巨(沖縄尚学)    89試合40勝23敗0セーブ0ホールド
09年春:今村猛(清峰)      419試合21勝29敗35セーブ114ホールド
12年春・夏:藤浪晋太郎(大阪桐蔭) 128試合50勝40敗0セーブ0ホールド
13年夏:高橋光成(前橋育英)   59試合23勝23敗0セーブ0ホールド

※成績は8月28日時点、松坂と田中は日米通算。

 12人もの投手が一軍で十分な成績を残しているのだ。近年では、高橋奎二(龍谷大平安→ヤクルト)、小笠原慎之介(東海大相模→中日)、今井達也(作新学院→西武)、清水達也(花咲徳栄→中日)が先発ローテーション入りを果たしており、今後チームの中心となる可能性も十分に考えられる。


■「甲子園優勝投手は大成しない」は過去のもの


 もはや「甲子園優勝投手は大成しない」という定説は、既に過去のものとなったと言い切っても良いのではないだろうか。以前に比べて、甲子園優勝投手がプロ野球でも活躍している背景には二つの要因があると考えられる。

 一つは高校野球のレベルが上がっているということだ。トレーニングの知識が広く浸透したことで、全国のトップレベルのチームでは過去10年間で見違えるように立派な体格をした選手が多くなった。そのようなフィジカル的に発達した選手が、パワーを生かして打ち勝つというのが近年のトレンドである。今年の夏、優勝した履正社が史上初めて盗塁0で優勝したというのは、象徴的な出来事といえるだろう。そして、そんな打者を抑え込むには投手のレベルも当然アップする必要がある。150キロ程度のスピードと高いレベルの変化球を持つような超高校級の投手でなければ、もはや甲子園で優勝することは難しい時代になってきている。

 もう一つの要因は投手の「分業制」が進んだことである。かつての甲子園は一人のエースに頼り、ほとんどの試合を完投で勝ち抜くということが少なくなかった。しかし近年では継投や先発投手もローテーションで起用するようなチームが大半になっているのだ。田中将大も夏の甲子園では決勝再試合を投げぬいたが、当時から駒大苫小牧は複数の投手をうまく起用するなど、決して一人のエースに頼りきりのチームではなかった。

 甲子園で優勝するために、投手が無理な起用をされ、選手の将来を棒に振るようなケースが減ったことは喜ばしいことである。昨年の吉田輝星(金足農→日本ハム)や今年の奥川恭伸(星稜)がそれぞれ決勝で敗れたというのもまた何かを象徴しているような気がしてならない。100回目の夏が終わり、元号が令和になったこのタイミングで、高校野球のエース、優勝投手というものが、大きく変わってきたことは間違いないだろう。

西尾典文(にしお・のりふみ)
野球ライター。愛知県出身。1979年生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行う。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。

週刊新潮WEB取材班編集

2019年9月1日 掲載

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