清原超えで「村上宗隆」は新人王確実 広陵“中村フィーバー”の陰に隠れた高校時代

■高校時代は“捕手の村上”


 つい先日、東京ヤクルトスワローズの小川淳司監督と宮本慎也ヘッドコーチの今季限りでの退任が正式に発表された。現在チームはぶっちぎりの最下位に沈んでいるだけにいたしかたのない決断ではあるが、そんな2人の“置き土産”とでもいうべき活躍を見せている若武者がいる。今季まだ高卒2年目となる村上宗隆内野手だ。

***

 2019年の今シーズン、オープン戦から結果を残し、自身初となる開幕スタメンを勝ち取ると、その打棒が爆発。順調に本塁打数を伸ばしていたが、ついに9月4日には、これまで清原和博(元・西武など)がルーキーイヤーの86年にマークした10代最多本塁打記録である31号を抜く32号を放ち、記録を33年ぶりに更新。さらに同じ試合では打点も90に達し、53年に中西太(元・西鉄)が記録した高卒2年目以内での最多打点記録86もあっさりと抜き去ってしまった。まさに今シーズンのセ・リーグ新人王への道をばく進している最中なのである。

 実は村上は2017年のドラフト1位選手。当然、入団時からかなりの期待をかけられていたわけだ。だが、今季のこのいきなりのブレイクに他球団のファンからすれば、“何者?”と思う人のほうが多いのではないだろうか。

 しかし高校野球ファンからすれば、村上はドラフトの前から高評価され続けていて、当たり前のように知っている“怪物スラッガー”であった。そんな村上宗隆は高校時代、どのような選手だったのか、その足跡を辿ってみよう。

 小学4年生のときから本館的に野球を始めた村上は中学時代にリトルシニアで現在のように野手ではなく、まず捕手として頭角を現した。

 15年に高校進学し、熊本の強豪・九州学院に入学すると、直後の春の九州大会からさっそく一塁手としてレギュラーの座を獲得している。しかも初戦の佐世保実(長崎)戦からいきなり4番打者として起用されているのだ。

 この試合ではチームは3-4と逆転負けを喫しているが、村上自身は初回の第1打席で三遊間突破のタイムリーヒットを放ち、鮮烈な公式戦デビューを飾っている。

 甲子園への本番となった夏の県大会でも当然のように4番・ファーストで出場。その初戦で熊本の高校野球ファンの度肝を抜く活躍を見せる。

 東稜との一戦。なんと初回に回ってきた第1打席でいきなりの満塁弾。さらに第3打席ではライトフェンスを直撃する鋭いライナー性の三塁打、最終打席でもセンター前へのヒットを放ち、4打数3安打の固め打ち。あと二塁打が出ればサイクルヒット達成という大暴れでチームも8-0の7回コールド勝ちに貢献したのである。

 しかも夏の県予選初打席で放ったグランドスラム弾は中堅までの距離が約121.9メートルと国際試合開催規格を有する、プロ野球界でも“本塁打が出にくい野球場”として知られる、藤崎台球場のバックスクリーン左の芝生席に叩き込んだ当たり=推定飛距離にして120メートル超だったと書けば、その長距離砲としての素質がいかに高いかということが改めて分かるのではないだろうか。

 結果的にこの1年生の夏の県予選では全6試合で4番を務め、22打数9安打で打率4割9厘、1本塁打、8打点をマーク。チームを5年ぶりの夏の甲子園へと導く原動力となったのであった。

 こうして県予選では1年生4番として華々しいデビューを飾った村上。だが、本番の夏の甲子園で全国レベルの壁の厚さを痛感することとなる。

 その注目の初戦の遊学館(石川)との試合。県予選同様に4番・ファーストを任されたが、打っては4打数無安打。特に3回表の2死三塁のチャンスの場面では三塁ゴロ、6回表には鋭いライナーを放ったが、結果的にはセンターフライに終わってしまった。守っても3回裏に2失策を犯し、決勝点を献上……と散々な内容でチームも3-5の逆転負けで初戦敗退。村上は力を出し切れないままわずか1試合で甲子園を去ることとなったのだった。       

 そしてこれが、村上にとって高校3年間で唯一の甲子園となってしまう。というのも、ここからの2年間、県内には全国優勝レベルの強敵が存在したからだ。


■“外れ1位”に3球団が競合


 甲子園後に結成された新チームから打順は3番、そしてポジションは中学時代から慣れ親しんでいたキャッチャーとなり、まさにチームの要を担うこととなったが、そんな村上擁する九州学院の前に立ちはだかったのが、この翌年の’16年春から4季連続出場を果たし、うちベスト4進出3回という全国屈指の強豪・秀岳館。この秀岳館とは県予選決勝で3回(1年秋、2年夏、3年夏)、同じく準決勝で1回(2年秋)と計4回対戦したのだが、全敗。甲子園まであと一歩というところでいつも秀岳館という厚い壁に跳ね返され、村上にとってついに再びの甲子園出場は叶わなかった。

 それでも高校通算で52本塁打、左打者にも関わらず、左方向への伸びる打球はこの年の高校生バッターの中では屈指の長距離砲としてスカウト陣からは高評価されていたのである。

 そして、この村上の“遠くへ飛ばす力”を語るうえで欠かせない試合が練習試合ではあるが、2試合ある。1つは1年5月の早稲田実(西東京)との一戦。このときの早実は同じ1年生で注目の強打者・清宮幸太郎が入学したばかり。怪物1年生対決となったこの試合でなんと村上は高校1号を放ったのだ。しかも推定飛距離130メートルの左中間弾である。

 2つめが3年6月の慶応(神奈川)との試合で、国内6球団のスカウトが視察するなか、右翼上段へまたも推定飛距離130メートルの2ランを放っている。結果的にこの試合では4打数3安打の活躍を見せたこともあり、パ・リーグの某球団のスカウトは「力強さだけでなく、柔らかさもあるし、1球で仕留めるのがいい」とベタ褒め。さらにセ・リーグの某球団スカウトも「長打力もあるし、強打の捕手はそういない。身体は大きいけど,しっかり動けて守りもしっかりとしている。阿部(慎之助)2世になれる素材」と大絶賛したほど。最後の夏に甲子園でその打棒を振るうことは出来なかったが、この年の“高校生No.1捕手”との評価が揺るぐことは決してなかったのである。ところが……。

 村上が無念にも出場を逃した3年夏の甲子園第99回選手権で、彗星のごとく現れた広陵(広島)の3番・キャッチャーの中村奨成(広島東洋)がこれまでの夏の甲子園1大会における最多本塁打記録である5本(記録保持者はPL学園〈大阪〉の清原和博〈元・西武など〉)を超える6本塁打の新記録を樹立したのだ。

 この快挙によって世間は一気に中村に注目。高校通算で45本塁打ということもあって、たちまちこの年の“高校生No.1捕手”=中村との認識が定着することに。こうして村上の存在は突然沸き起こった中村フィーバーの陰に隠れる形となってしまったのである。

 当然のようにこの年のプロ野球ドラフト会議で中村は早実の清宮幸太郎と並ぶ高校生野手の目玉となった。

 結果的に中村は中日と広島の2球団から1巡目指名を受け(抽選の結果、広島に入団)、この年の“高校生No.1スラッガー”清宮はなんと12球団中7球団から1巡目指名されることとなる(抽選の結果、北海道日本ハムに入団)。

 こうなると1巡目指名をクジで外した球団による“外れ1位指名”に注目が集まるが、ここでプロ側による村上の評価がついに明確になったと言っていい。なんと清宮を外した東京ヤクルト、読売、東北楽天の3球団が指名したのである。

 外れ1位指名で3球団が競合するのはドラフトの歴史の中でも珍しい現象なのだが、それが高校生野手となれば、なおさらだと言っていい。中村の評価が急上昇したからといって、プロ側による村上の高い評価は決して揺らぐことはなかったのだった。

 こうしてドラ1で晴れて東京ヤクルトに入団した村上はその打力をさらに活かすため、即座に捕手から内野手へとコンバート。そして二軍で4番・三塁手として徹底的に英才教育を施されることとなる。

 その甲斐あって新人1年目となった‘18年シーズンでは打率2割8分8厘、17本塁打、70打点という高卒の野手としては上々の成績をマークする。さらにシーズン終盤には一軍に昇格、9月16日に神宮球場で行われた広島との一戦で6番・サードで先発出場を果たしただけでなくなんと高卒新人としては史上7人目となる初打席初本塁打を記録したのだった。こうして村上は文字通りの衝撃デビューを飾り、今年 ‘19年シーズンの飛躍へとつなげたのである。

 9月13日現在で東京ヤクルトは今シーズンの残り試合がちょうど10試合となっている。そして村上の本塁打は33本、打点は92。この数字をどこまで伸ばすことが出来るのか? 数字的にはかなり厳しいが40本塁打&100打点超えをダブルで達成してほしいものである。

上杉純也

週刊新潮WEB取材班編集

2019年9月16日 掲載

関連記事(外部サイト)