ワンス・アポン・ア・タイム・イン・巨人軍(ジャイアンツ)第1回 さらば昭和の読売巨人軍

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・巨人軍(ジャイアンツ)第1回 さらば昭和の読売巨人軍

原辰徳氏

「王・長嶋の時代はなぁ」と遠い目をするオールド・ファン、「ゴジラ松井までは」追っかけていた団塊ジュニア世代、そして、いつの時代にも存在するアンチ巨人……しかし、その誰もが、いまだに巨人軍の“昔日の面影”を追っている――。

「むかーし、むかしの物語」もいいけれど、今のリアルなジャイアンツの姿を、はたしてどれだけの人が知っているのだろうか? G党No.1野球ライターが、選手、監督・コーチ、球団・球場、ファンを切り口に「令和の巨人軍」の実像に迫る!

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■「巨人の4番って、誰?」


「参加するのがジャイアンツ」

 2019年11月3日付スポニチ1面にそんな見出しが踊った。勘違いしないで欲しいが、秋の大運動会への参加とかそういうシーズンオフのほのぼのネタではなく、原辰徳監督のFA戦線への参戦宣言である。

「FAしたら、やっぱり参加するのがジャイアンツ。そうしないとFAが駄目になる。FAというのは選手にとって名誉なこと」

 この記事を読みながら思った。「ジャイアンツらしさ、巨人らしさってなんだろうか?」と。93年(平成5年)にFA制度が導入されて以降、落合博満から始まり、昨オフの丸佳浩まで計26名が巨人へFA移籍してきた。この補強路線にはG党の間でも賛否が分かれる。19年の5年ぶりVも丸や山口俊の働きが大きかったし、FA込みで楽しむのが今のプロ野球というクールな肯定派の意見もあれば、たとえ優勝できなくとも生え抜きの若手を育ててほしいと願う“若手原理主義”のファンもいる。プロ野球は政治じゃなく娯楽だ。そこで白黒をつける必要はないし、最終的には「ラーメンとパスタどっちが好き?」的な個人の好き嫌いの問題で正解はないだろう。

 そして、そういう補強路線の巨人を嫌う他球団ファンも当然多い。最近はあまり聞かなくなってきたが“アンチ巨人”と呼ばれる層である。息を吐くように巨人批判ネタを書き続ける「日刊ゲンダイ」や「夕刊フジ」といったタブロイド紙を含め、いまやプロ野球界にとってこのアンチ巨人の方々は貴重な顧客だと思う。だって、2019年に関東近郊に住んでいると、日常生活でプロ野球が話題になることは本当に少ないから。令和の世間は、もはや巨人を嫌ってくれすらしないのである。あらゆるエンタメにおいて、称賛されたり非難されたりブーイングを浴びている内はまだ大丈夫だが、スルーされ出したら危険信号だ。
 自分が会社勤めをしている頃は、ポストシーズンの時期にまとまった有給を申請していたが、その時期にクライマックスシリーズや日本シリーズがあることを知っている最低限の野球の知識を持つ人は社内にほんの数名だった。

「巨人の4番? ゴジラ松井はもういないし、阿部?」

 そんな反応が世間のリアルだ。19年限りで引退した阿部慎之助は、まだ毎晩地上波ナイター中継があった長嶋巨人のラストイヤー2001年にプロデビューしている。やはりテレビをつけたら、いつもナイターをやってる地上波テレビ中継の存在は大きかった。現代はBSにCS放送、スマホやタブレットの動画配信とそれぞれのライフスタイルに合った方法で観戦できるが、選択肢が増えるということは、同時に分かりやすい“大衆性”を失うということでもある。


■「ジャイアンツ・アズ・ナンバーワン」の時代


 振り返ると、2000年代初頭までは“地上波プロ野球中継=巨人戦”というベタな図式が一般的だった。古くはONの時代からテレビCMも盛んで、原辰徳は明治製菓や大正製薬、江川卓は不二家、松井秀喜は富士通や久光製薬、高橋由伸がサントリーとそれぞれ大企業の顔としてお茶の間を席巻。83年(昭和58年)巨人戦の年間平均視聴率は27.1%と、今考えれば冗談のような数字を記録している。いわば、どんな有名芸能人よりも頻繁に、毎晩視聴率20%超えのナイター中継とCMに登場していたのが巨人の主力選手たちだったわけだ。まだ海の向こうのメジャーリーグも他人事だった頃、結果的にそのメディア大量露出は日本全国に巨人ファンを増やすことになる。

 西武ライオンズが所沢に来た1979年に埼玉に生まれた自分も、気が付けばG党で、熱烈な原ファンになっていた。まるで、『キン肉マン』や『ドラゴンボール』のコミックスを読むように、小遣いで「月刊ジャイアンツ」や「週刊ベースボール」を買っていたのをよく覚えている。あの頃、世の中の多くの人は巨人戦中継を入口に他の球団の選手を知っていったのではないだろうか。子どもたちは社会常識の一環として「松本、篠塚、クロマティ、原、吉村、中畑……」なんて巨人スタメンを言えたものだ。当時の映画や漫画を見ても、街中をYGマークの帽子をかぶった子どもたちがそこら中を走り回る日常の風景。

 80年代中盤のパ・リーグでプレーしたある外国人選手は日本で印象に残っていることを聞かれ、「どこでも巨人ファンがいること。タクシーの運転手、レストランも巨人ファンばかり。巨人が勝てば日本全体が幸せという感じ。あれは面白かった」とコメントしている。

 そんな、大量のファンとアンチを生んだジャイアンツ・アズ・ナンバーワン時代。しかし、2006年あたりから徐々に巨人戦の平均視聴率が2桁を切るようになり、各テレビ局も中継数を減らしていく。つまり、テレビをつけたら老若男女いつでも巨人を見られるという状況が終わったわけだ。

 興味深いデータがある。おもちゃメーカーのバンダイが小中学生を対象に実施した「好きなスポーツ選手」アンケートの2019年版では、1位大谷翔平(野球)9.3%、2位羽生結弦(フィギュアスケート)7.0%、3位大坂なおみ(テニス)6.7%、4位錦織圭(テニス)5.2%、5位浅田真央(フィギュアスケート)5.0%、6位八村塁(バスケットボール)4.3%、7位池江璃花子(水泳)4.2%、8位サニブラウン・ハキーム (陸上) 3.3%、9位久保建英(サッカー)3.1%、10位本田圭佑(サッカー)2.7%というベスト10の結果である。

 彼ら彼女らに共通しているのは「世界と戦う」というキーワードだ。野球選手で唯一ランクインしている1位の大谷はメジャーリーガー(日本ハム時代は17年5位が最高位)だし、全豪オープンテニスで日本人初優勝を飾った大坂なおみやNBAで活躍する八村塁にしても舞台は“世界”である。

 そうなると、日本国内でストーリーが完結するプロ野球選手は厳しい。NPBからも、巨人からも誰ひとりとして子どもたちの好きなスポーツ選手にランクインしていない。令和初の日本シリーズは注目度も視聴率も世界と戦うラグビーW杯に完敗した。近年NPB各球場の観客動員数は過去最高クラスの数字を記録しているにもかかわらず、だ。世間と球場の乖離。カープ人気で沸く広島のような一部の地域を除いて、20世紀の異常なジャイアンツバブルが終わったプロ野球は、徐々にコアでマニアックな娯楽になりつつある。それはノスタルジーではなく、ニッポンのリアルだ。


■サブカルチャー化する巨人軍


 例えば、昭和の原辰徳のポップフライはメインカルチャーだったが、近年の村田修一の芸術的ゲッツーはサブカルチャーである。日本全国のお茶の間でワリカンしていたブラウン管の向こう側のポップフライと、スマホの中で見るゲッツー。サラリーマンのおじさんが仕事から帰ってきて、テレビをつけて「なんだよ、また原はポップフライか」なんつってディスりながら、ビールを飲む風景はベタだけど圧倒的な大衆性があったのは確かだ。やはり月額2千円前後払って動画配信を契約して野球を見るのは、なかなかハードルが高い。

 その昔、田舎のお爺ちゃんや渋谷のおネエちゃんでもゴジラ松井の存在は知っていただろう。けど、18年シーズンに史上最年少で3割30本100打点を達成した巨人の若き4番バッター岡本和真ですら、一般的にはほぼ無名である。80年代の原や江川のようにテレビCMで見かけることもゼロだ。勘違いしないでほしいが、岡本自身に原因があるわけではない。世界と戦う他スポーツの台頭はもちろん、プロ野球の立ち位置やメディアを含め、あらゆるシステムが変わったのだ。一昔前はベテランの名選手が現役最後を巨人で終えることがよくあったし、野球少年の最大の夢は「巨人の4番」だったが、今の子どもたちはナチュラルに大谷に憧れ、その先にあるメジャーリーグを目指している。長嶋や王、松井や由伸のような巨人発の国民的スーパースターは、今後よほどのことがない限り生まれることはないだろう。間違いなく、今のチームで最も世の中に顔と名前が知られているのは、80年代のスーパーアイドルで61歳の原監督である。

 世の中では度々“野球離れ”という言葉を耳にする。要は週刊誌やタブロイド紙といった旧メディアで度々語られる“プロ野球離れ”のイメージは、“世間の巨人離れ”と同義語だと思う。もちろん球界にとっては、北海道や東北にもチームができて、12球団の人気や選手知名度がフラットになりつつある今の状況の方が健全だ。

 だが、ソフィスティケートされた健全さを追い求めるうちに、気が付けば社会常識感覚で各チームの選手を知っている野球ファン中間層が減った。その中間層とは、一昔前は日本中に溢れていた“なんとなく巨人ファン”であり、今では球場から足が遠のいている“巨人難民”でもある。「ミスターが監督を辞めて興味を失くした」とか、「ゴジラ松井がいなくなってから見なくなった」みたいなきっかけで徐々にファンが減り、トドメは手軽にナイターを見られる環境の喪失。これは野球だけに限った現象ではないが、そんなメディアの細分化や娯楽の多様化が進む今だからこそ、数少ないみんなの共通言語の“地上波テレビ”はSNSでも盛り上がる。


■令和の巨人軍論を!


 さて、そんな時代に巨人はどう巨人であり続けるのか? ジャイアンツらしさとはなんだろうか? もしかしたら、このコラムを偶然目にした読者も昔は毎晩ナイター中継を見ていたのに、最近は巨人戦からすっかりご無沙汰という人も多いかもしれない。バブル好景気の象徴であり、昭和の終わりにできた東京ドームは開場30年以上が経過して屋根もすっかり黄ばんできた。

 それでも、プレーの質自体は今の若い選手の方が明らかに進化していると思う。現在のチームの柱にして、生え抜き右打者初の40本塁打を放ったキャプテン坂本勇人は球団史上最高のショートストップだし、菅野智之は往年の斎藤雅樹・桑田真澄・槙原寛己の3本柱と比較しても見劣りしないエースだ。岡本のホームランの軌道は天性のホームランアーティストそのものである。それは今も年間50試合前後は巨人戦を球場観戦する現役G党の自分が保証する。

 今も変わらず“巨人ファン”のあなたへ。あの頃、ONや中畑や松井を追いかけていた“巨人難民”のあなたへ。そして、“アンチ巨人”のあなたへ。

 本連載は「昭和のプロ野球」を否定するものではなく、かといって「平成のジャイアンツ」をただ懐かしむつもりもない。これからの「令和巨人論」を書くつもりである。

中溝康隆(プロ野球死亡遊戯)
1979年埼玉県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒。ライター兼デザイナー。2010年10月より開設したブログ「プロ野球死亡遊戯」は現役選手の間でも話題に。『文春野球コラムペナントレース2017』では巨人担当として初代日本一に輝いた。著書に『プロ野球死亡遊戯』(文春文庫)、『ボス、俺を使ってくれないか?』(白泉社)、『平成プロ野球死亡遊戯』(筑摩書房)など。最新刊は『原辰徳に憧れて ビッグベイビーズのタツノリ30年愛』(白夜書房)。

2019年11月21日 掲載

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