巨人と山口俊の間で交わされた3年前の約束に異議あり 【柴田勲のセブンアイズ】

巨人と山口俊の間で交わされた3年前の約束に異議あり 【柴田勲のセブンアイズ】

山口俊(江戸村のとくぞう/Wikimedia Commonsより)

 巨人の「OB会総会」が先日、都内で開催された。報道などですでにご存じだろうが、私は第9代の会長を退き、(中畑)清が10代目の新会長に就任した。

 やはりOB会も若返りを図る必要がある。清が持ち前の明るさで会を盛り上げてくれるだろう。(高橋)由伸にも役員をやってもらう。私は顧問としてバックアップするつもりだ。

 私は「坂本(勇人)が主将になって5年目で優勝したが、私も会長5年目で優勝を報告できます。おめでとう、よかった」とあいさつをした。

 原辰徳監督も「ソフトバンクには勢いだけではなく力的にも負けた」と4連敗の日本シリーズを振り返り、来季の日本一奪回を誓っていた。

 OB会は和気あいあいのうちに終わったけど、少し寂しかったのは参加人数だ。例年100人を超えたが、今年の参加者は職員OBを含めて80人ちょっとだった。

 若いOBに聞くと、在籍期間が短く、数字を残していないと「敷居が高い」というんだ。社会一般でも成功した人は高校や大学の同窓会へ積極的に出席する。

 これと似たようなことだけど、たとえ一日でも巨人に在籍すればOBだ。OB会は圧力団体ではない。親睦団体だ。来年こそ、多くのOBが元気な姿を見せてほしいと願う。

 山口寿一オーナー、今村司社長らとお話をさせていただいたが、やはり山口俊投手のことが話題になった。彼は今オフ、ポスティングシステム(入札制度)による米大リーグ移籍が容認されている。巨人史上初めてのことだ。

 どうやら、3年前FA交渉する際に時期を確定しない形でポスティングの権利を認めていた。いわば“密約”のようなものだ。原も知らなかったようだ。

 当時の担当者は球団を去っており、いまはその後始末なのだが、「ああいうのを巨人が許すのはどうかと思う」と意見を述べた。

 密約とともに入団する。一番イヤなのはこれが悪い前例となってしまうことだ。巨人は伝統のある球団だ。こんなことをやっていたら、12分の1の球団になってしまう。

 私が心配するのはここだ。

 今年は巨人にとってもターニングポイントだ。楽天からFA宣言した美馬学投手、同じくロッテからFA宣言した鈴木大地内野手の獲得に動いたものの、失敗に終わった。

 こんなことは初めてで、まさに巨人を取り巻く環境・状況が大きく変わってきたということだ。でも、阿部慎之助が2軍監督に就任して、原監督とのパイプはこれまで以上に太く、強くなるだろう。

 2軍や入ってくる新人たちを大きく育ててほしい。育成へとかじを切るチャンスでもある。もちろん、フロントと手を携えてだ。

 これからはますますスカウト陣の目が大事になってくる。日本一奪回とともに、若手育成に期待したい。

 ところで、参加した皆さんにはお土産として私の「多摩川ブルース」のCDをお渡しした。昭和37、8年頃に作った歌で、思えば、生意気な新人だったなあ。

柴田勲(しばた・いさお)
1944年2月8日生まれ。神奈川県・横浜市出身。法政二高時代はエースで5番。60年夏、61年センバツで甲子園連覇を達成し、62年に巨人に投手で入団。外野手転向後は甘いマスクと赤い手袋をトレードマークに俊足堅守の日本人初スイッチヒッターとして巨人のV9を支えた。主に1番を任され、盗塁王6回、通算579盗塁はNPB歴代3位でセ・リーグ記録。80年の巨人在籍中に2000本安打を達成した。入団当初の背番号は「12」だったが、70年から「7」に変更、王貞治の「1」、長嶋茂雄の「3」とともに野球ファン憧れの番号となった。現在、日本プロ野球名球会副理事長を務める。

週刊新潮WEB取材班編集

2019年11月18日 掲載

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