甲子園Vの「花咲徳栄」元主将が強盗致傷、強盗殺人犯もいる有名「元甲子園球児」で逮捕された人たち

甲子園Vの「花咲徳栄」元主将が強盗致傷、強盗殺人犯もいる有名「元甲子園球児」で逮捕された人たち

第99回全国高校野球選手権大会の抽選会。当時、花咲徳栄の主将だった千丸剛容疑者(右)

 千丸剛(20)――特徴のある名に聞き覚えのある方も少なくないだろう。17年の夏の甲子園優勝校、花咲徳栄高校の主将である。なんと彼は、仲間と共に強盗目的で民家に押し入り、住民をバールのようなもので殴るなどして怪我を負わせて逮捕されたのだ。

 埼玉県勢で初めて深紅の優勝旗を地元にもたらしたヒーローは、なぜ犯行に手を染めてしまったのか。他にも事件を起こした元甲子園球児はいる。それぞれの事情を振り返る。

 ***

 花咲徳栄が優勝を決めたその日、千丸容疑者のTwitterにはこう書き残されている。

《2017年8月23日/甲子園で優勝しました。/本当に信じられないくらいびっくりです笑/自分は日本一のキャプテンではなく、日本一周りに支えられたキャプテンだと思っています。/本当に両親、チームメイトなどたくさんの人に支えられました。本当に応援が力になり勇気を貰いました。本当に感謝しています。/ありがとう》

 高校では1年からレギュラーで、2年の時には春・夏の甲子園に出場。そして3年の時に全国優勝した。この頃はまだ、謙虚な姿勢がうかがえる。

 18年2月には駒澤大学のキャンプメンバーに選ばれ、同大の合宿所に入寮した。その時にはこうコメントしている。

《日本一になったことは忘れて、謙虚にやりたい》

 そのまま駒澤大学に進学し、もちろん野球部に入った。しかし、1年のうちに退部、さらに大学も辞めていたのだ。スポーツ紙記者はいう。

「ネット上では野球部内でのイジメが原因などと書き込まれていますが、本当のところはまだ分かっていません。まあ、甲子園優勝メンバーの後輩が、優勝経験がない先輩からいびられるというのは昔からよく聞く話ではありますが……。ともあれ、事件を起こしたのは昨年4月ですから、退学してまもなくという感じでしょう」

 千丸容疑者は、強盗致傷、住居侵入、窃盗で起訴された。押し入った民家の男性をバールのようなもので殴って頭蓋骨折の重傷を負わせ、その妻には刃物で切りつけた。大声を上げられたため、何も盗らずに逃走したという。もし被害者が亡くなっていれば、容疑は強盗殺人となり、死刑又は無期懲役という重罰が科されるところだった。

「高校球児が甲子園出場という夢が叶わず、卒業後にグレてしまうという話もよくある。しかし、3度も甲子園に出場した上、主将として優勝まで成し遂げたにもかかわらず、それから間もなく事件を起こすなんて、聞いたことがありませんね。あの清原だって、プロ野球を離れてからのことでした」(同)


■強盗殺人もいる


 では、過去に甲子園出場を果たした球児たちが起こした事件を追ってみよう。

「まず、名前で思い出すのは本田拓人。スクーターみたいでしたからね。上岡龍太郎がOBであることでも知られる京都外大西高で、彼は1年生ながら、05年の夏の決勝で、マー君こと田中将大(駒大苫小牧3年)と投げ合い、準優勝投手になりました。史上初の5試合連続救援勝利も記録。“スーパー1年生”と呼ばれ、マスコミからも注目されました。それ以降は06年には選抜で出場しましたが1回戦負け、07年の夏は3回戦で敗退。卒業後は、近畿大へ進みますが、1年で中退。ここまでは千丸と似ていますが、09年に独立リーグに入団するのです。しかし、チームは経営難で11年春には活動休止となってしまいました。事件はその直後のことでした」(同)

 犯行に及んだのは11年5月。大阪府内を歩いていた女子大生が持っていた鞄を、スクーターで追い抜きざまにひったくったのだ。防犯カメラの映像から、彼が浮上したという。

「アルバイトをしていたが長続きせず、遊ぶ金に困ってやった」と供述したそうだ。

「しかし彼は、13年に再び逮捕されます。前回同様、スクーターに乗ってひったくる窃盗で、指名手配もされました。確保されたのは静岡県内で、自暴自棄になって遠出したといっていたそうです」(同)

 同年9月、計9件の窃盗容疑で送検。取り調べではマー君に触れ、こう嘯いたという。

《プロになったからといって、勝ち組になったわけではない。逮捕されたり、留置場に入ったり、人生の経験値は僕のほうが上だ》

 では、“人生の経験値”が豊富な方々を見てみよう。

「小山高の黒田光弘投手といえば、76年春の準優勝よりも、3回戦で敗れた夏のほうが記憶に残っています。スター球児だった原辰徳が率いる東海大相模と2回戦でぶつかり、実質的なエースだった彼は3安打完封でシャットアウト。地元の栃木県は大いに盛り上がったそうです。彼は早大に進み、社会人野球のリッカーに入団しました」(同)

 その後、作新学院大学野球部の監督なども務めたこともあったが、04年に逮捕された時は無職だった。栃木県内のショッピングセンターで、買い物中の女子専門学校生のスカートの中を携帯で隠し撮りしていたところを警備員に取り押さえられて……。

「黒田は県条例違反という軽微な罪でしたが、強盗殺人事件を犯して無期懲役となり、現在も服役中であるのが、前橋工業高校出身で元ロッテの小川博投手です。甲子園には3回出場。甘いマスクと豪腕で人気となり“群玉(群馬の玉三郎)”の愛称もあった甲子園のアイドルでした。青学からロッテに進み、88年には204三振を奪って両リーグ最多となります。最多奪三振のタイトルは彼が生み出したものなんです。92年に引退しますが、その後もコーチとしてロッテに残りました。その頃から借金に悩まされていたそうです」(同)

 02年に球団から解雇される。離婚した妻への慰謝料や消費者金融などからの借金は1700万円を超えていたという。当時、“ヤミ金”とも呼ばれた消費者金融は、借金が返せず自殺者が急増したことで、社会問題化していた。

「球界を去った後は産廃処理会社に就職。しかし、借金の返済日に勤めていた会社の会長宅へ押し入り、住み込みで働いていた女性に借金を頼み込んだそうです。ところが、断られると、彼女を殴って気絶させ、近所の川に投げ込んで、水死させてしまいました」(同)

 その日の返済額はわずか3万円だったという。憧れの甲子園に出場したばかりか、プロ野球の選手にもなったのに――。

「プロ引退後、お金に困って事件を起こしたパターンもあります。平安高校時代は強肩強打の捕手として鳴らした松岡正樹は、91年にドラフト3位で巨人に入団しました。が、一軍で出場する機会のないまま、95年に退団しました。会社に勤めたりもしていたそうですが、05年に元同僚らと共に、タクシー運転手を座席に縛り付け、刃物で脅して売上金を奪ったことで逮捕。その後、余罪が次々と出てきて、強盗致傷などの罪に問われ奈良地裁で懲役20年に判決が下っています。その後、控訴したはずですが……」(同)

 松岡は「生活費が欲しかった」と供述したという。


■人生をリセットできるなら


「東海大甲府を卒業後、新日鉄名古屋の社会人野球を経て、91年に横浜に入団した山根善伸は6年の在籍で一軍の33試合に出場しました。05年に女性に借金につけ込み、ソープランドで働かせたとして売春防止法違反で逮捕されました。この時には個室マッサージ店経営となっていたのですが、12年に再逮捕。この時は、亡くなった同級生の妻からおよそ300万円を騙し盗ったとして詐欺罪で逮捕されるのですが、その肩書きには驚きました」(同)

「指定暴力団幹部」の山根となっていたのである。

「酒田南高のエースとして2年連続で甲子園出場した金本明博の場合は、ちょっと可哀想でした。高校生ドラフトで中日に入団し、野手に転向して活躍の場を探しました。しかし、3年目の07年、中日は支配者登録できる70人枠を空けるために彼を育成選手とする手続きをしようとしたところ、他球団から猛反発をくらい、結果的に自由契約となり、球界を去ることに。その1年半後、地元で酒田南高時代の野球部の仲間と飲んでいたところに、他のグループとトラブルに発展。警官から事情を聞かれている最中に、シャッターを蹴るなどして逮捕されてしまいました」(同)

 自分の置かれた状況を考えれば、むしゃくしゃすることもあっただろう。

「近江高校では2年から4番を任され、高校通算74本塁打で“伊奈ゴジラ”とも呼ばれた伊奈龍哉は、06年にホークスに進みます。しかし、肩の故障で、07年に戦力外通告。四国の独立リーグに行くのですが、やはり肩の調子が思わしくなく、5試合に出場したのみで、20歳で野球と離れることに」(同)

 その名が新聞紙上で報じられたのは11年4月のこと。

「東日本大震災があった直後です。福島第1原発から30キロ圏内の屋内退避地域で、電柱の電線を盗んだと窃盗容疑で逮捕されました。この時、実は10年4月に知人女性のバッグから現金4万円を盗んだ容疑で逮捕されていたことも判明しました。こちらは被害届が取り下げられ、釈放されたそうです」(同)

 反省し、更正するチャンスもあったのに残念。

「長打力もあり、内野も外野も守れるユーティリティプレイヤーとして、阪神からオリックス、そして韓国と渡り歩いた塩谷和彦は、06年に現役引退。その後は不動産会社社長となり羽振りのよさが評判になりました。ただ、現役時代から手癖が悪いと言われており、他の選手の私物を着服する疑惑も噂されていたんです。結局、新しくできる商業施設の売上の一部を受ける権利などといって550万円をだまし取り、12年に詐欺容疑で逮捕されています」(同)

 現役時代のあだ名は“ルパン”だったという。現役のプロなのに、手癖が悪いというのは、巨人にもいた。

「同僚選手のロッカーから野球道具などを盗み、ネットオークションに出品していた柿沢貴裕ですね。神村学園では2年、3年と連続で甲子園に出場し、3年次は4番でエースでした。ドラフトで楽天に入団しますが、17年に巨人へ。18年に事件が発覚して、契約解除に……」(同)

 それにしても甲子園で輝いた球児たちは、なぜこんなことに?

「結局、甲子園に行けても、さらに上がいることを知るわけです。そこからプロになれたとしても、まだ上には上がいます。そこに挑み続けられる人は別ですが、辞めざるを得ない時はやってくる。その途端に事件を起こすケースが多いようですね。野球に打ち込みすぎて、社会を知らないから、こうなってしまうのでは」(同)

 スクーターによるひったくりで逮捕された本田拓人は、取り調べで以下のようにも話していたという。

《甲子園は最高の舞台。人生をリセットできるなら、もう一度甲子園に行きたい》

週刊新潮WEB取材班

2020年2月6日 掲載

関連記事(外部サイト)