ワンス・アポン・ア・タイム・イン・巨人軍(ジャイアンツ)第10回 さらば、平成巨人助っ人論

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・巨人軍(ジャイアンツ)第10回 さらば、平成巨人助っ人論

ウォーレン・クロマティ

「王・長嶋の時代はなぁ」と遠い目をするオールド・ファン、「ゴジラ松井までは」追っかけていた団塊ジュニア世代、そして、いつの時代にも存在するアンチ巨人……誰もがいまだに巨人軍の“幻影”を追っている。

 しかし、現在のリアルなジャイアンツとは――。当代一の“巨人ウオッチャー”が、選手、監督・コーチ、球団・球場、ファンを切り口に「令和の巨人軍」の実像に迫る!


■最強の“生え抜き”助っ人は……


「バースの再来」

 いまだに阪神タイガースに新外国人選手がやってくると、関西のスポーツ新聞ではそんな見出しが1面に躍る。確かに2度の三冠王に輝いたランディ・バースは伝説のプレーヤーだが、チームに在籍していたのは1983年から1988年の昭和末期なので、もう30年以上前の選手だ。例えば乃木坂46のメンバーを、松田聖子の再来とか中森明菜2世と称して盛り上がっているようなものである。その時間の止まり方は異常だ。

 だが、実は巨人の場合も似たような状況にある。巨人がスカウトした自前の外国人野手で在籍中に30本塁打以上を放ったのは86年のウォーレン・クロマティ(37本)が最後だ。ロイ・ホワイト29本(80年)、レジー・スミス28本(83年)、ジェシー・バーフィールド26本(93年)、デーブ・ジョンソン26本(76年)、ロイド・モスビー25本(92年)、ギャレット・ジョーンズ24本(2016年)、ホセ・ロペス22本(14年)、シェーン・マック22本(96年)、ゲーリー・トマソン20本(81年)といった懐かしい名前が並ぶが、実は80年以上の長い球団史において、巨人から日本のキャリアを始めた外国人スラッガーで年間30発放ったのはこのクロマティしかいない。

 在籍7年間で通算951安打、打率.321、171本塁打と素晴らしい成績を残したクロウがチームを去った90年代以降は、すでに日本球界で実績のある助っ人を獲得するFAの延長線上にあるような巨大補強時代に突入。ジャック・ハウエル(元ヤクルト)、ドミンゴ・マルティネス(元西武)、ロベルト・ペタジーニ(元ヤクルト)、タフィ・ローズ(元近鉄)、ジョージ・アリアス(元オリックス・阪神)、イ・スンヨプ(元ロッテ)、アレックス・ラミレス(元ヤクルト)ら他チームの助っ人大砲の獲得が続いた。

 いや野手だけではなく、投手もえげつない補強だった。2009年の原巨人は7年ぶりの日本一に輝くが、このシーズンのMVPは144試合すべて4番に座り、45本塁打、125打点のラミレス、投手陣はディッキー・ゴンザレス(元ヤクルト)がチームトップの15勝、セス・グライシンガー(元ヤクルト)は13勝、抑えは27セーブを挙げたマーク・クルーン(元横浜)が務めた。つまり、4番打者、エース、クローザーとすべて他球団から獲得した助っ人選手が担ったわけだ(ついでに言えばラミレスとの“オガラミコンビ”で、68年の“ON砲“14度を超える球団記録のシーズン15度のアベックアーチを放った小笠原道大も日本ハムからのFA移籍組だ)。

 昭和球界では不可能だった強引な補強が可能になった時代。平成元年の「週刊新潮」89年12月21日号には「元三冠王ブーマー巨人入団の噂で浮足立った原」という記事が掲載されているが、「巨人のヒラノから電話がかかってきて、“うちなら、君の要求額が出せるんだが”と言っているんだ」とクロマティを日本に連れてきた敏腕通訳の平野渉外担当の名前が登場するものの、最終的にオリックスとのトレード交渉はまとまらずブーマー移籍は実現しなかった。

 要は80年代までは常識の範囲内だった補強が(ドラフト会議では「空白の1日」という禁じ手はあったものの)、90年代中盤から2000年代にかけて、口うるさい大御所OBの代表格ドン川上哲治が評論の第一線から退くにつれ、フロントの後押しを受けた長嶋監督のタガが外れ歯止めがきかなくなった印象すらある。

 以前も本連載で触れたが、この流れは他球団ファンだけでなく、一部の巨人ファンすらドン引きさせて、補強そのものを毛嫌いする“若手原理主義”的なファンも生み出してしまう。また読売がやりやがった的な仁義なき引き抜き路線は、野球ファン同士の会話で「俺、巨人ファンです」とカミングアウトするのにちょっと勇気が必要だった時期と被る。

 そういえばライターになりたての頃、12球団のファンが集うイベントに巨人担当ゲストとして呼ばれて参加したら、何か発言すると一部の観客から「まあ大正義巨人軍ですから」なんつって突っ込まれ、あるいは嘲笑され、G党だけじゃなくこのアンチ層をも取り込む、ある種の面倒臭さから逃げないことが巨人を書くということなんだなと痛感した。


■「“助っ人”も育てる」新路線


 話を助っ人論に戻そう。もちろん失敗ばかりではなく、投手では96年最多勝を獲得した“カリブの怪人”バルビーノ・ガルベスや、美人妻ローレンさんが球場で会えるアイドルとして人気となり、17年に14勝を挙げメジャー復帰後は最多勝に輝いたマイルズ・マイコラスと当たり助っ人も連れて来ている。8シーズンで421試合に投げまくり、外国人歴代最多の174ホールドを積み重ねたスコット・マシソンの活躍も記憶に新しい。

 しかし野手のスカウトには長年苦労しており、アウトカウントを間違えてボールをスタンドに投げ入れた珍プレー以外思い出せないクリス・レイサムや、代打で三振したことに不貞腐れクラブハウスへ無断で帰ってしまう“三振バックレ事件”を起こしたラスティ・ライアルとか、想像を絶する拙守で“あ〜守乱シスコ……”なんてスポーツ新聞も呆れたホアン・フランシスコと失敗続き。

 ようやく13年入団のホセ・ロペスが、巨人では95年のマック以来、自前外国人選手の1年目として18年ぶりの規定打席に到達、さらに来日初年度では球団助っ人史上初の打率3割クリア。しかし、阿部慎之助の一塁転向に伴い放出すると、移籍先のDeNAでのちにシーズン打率3割、30本塁打、100打点を記録するなど長年にわたり主軸として活躍する編成ミスもあった。

 14年には未知なるキューバルートに活路を見出そうとした時期もあったが、“キューバの至宝”ことフレデリク・セペダはすでに30代中盤で日本野球にまったく適応できず、若手のエクトル・メンドーサやホセ・ガルシアは大きな期待をされて来日するも巨人と契約解除した直後にアメリカへ亡命するという問題を起こし、愛と幻想のキューバルートはわずか数年で終わりを告げた。

 結局、近年はケーシー・マギー(元楽天)、ルイス・クルーズ(元ロッテ)、アレックス・ゲレーロ(元中日)と懲りずに他球団で実績のある選手をかき集める路線に戻ってしまったわけだが、今季は異変が起きた。

 2020年に巨人に在籍する外国人枠登録選手は計9名(育成2名含む)で、そのすべてが巨人から日本のキャリアを始めているのだ。いわば平成ジャイアンツの代名詞だった、他球団の主力を張っていた助っ人選手がひとりもいない。ゼロだ。これは事件である。

 令和初の春季キャンプの主役は、昨季メジャー・リーグのナショナルズでワールドシリーズ優勝メンバーのへラルド・パーラではなく、育成選手のイスラエル・モタだった。ドミニカ出身で24歳のモタは入団テストに一度は落ちるも、浪人生活の末に2度目のチャレンジで合格した苦労人。19年は3軍戦で鍛えられた逸材は、2年目は紅白戦からアピールを続け、原監督からキャンプMVPに選出される。今のチームには貴重な規格外のパワーとガツガツしたハングリーなプレーは異端の存在で、2月末に背番号44と年俸550万円の支配下登録を勝ち取った。

 しかし、2月29日のヤクルト戦(東京ドーム)での豪快な一発の後は8打席連続三振に22打席無安打(現在は左太もも裏の肉離れで2軍調整中)と良くも悪くも話題の中心にいる。なお、19年に8勝を挙げ5年ぶりVに貢献したC.C.メルセデスも、同じくドミニカ出身の元育成選手で今季年俸は1100万円だ。

 格安助っ人を育てるなんて巨人らしくない……。いや、近年の他球団で活躍した外国人選手を追う“巨人らしさ”を捨てるための若いドミニカ人選手の抜擢ではないだろうか。あのクロマティも66歳となり、昭和ノスタルジーの中じゃなく現実のアドバイザーとして戻ってきた。第74代4番打者のラミちゃんだって、DeNAの監督姿が板についてもう完全に倒すべき敵だ。

 ついに偉大なクロウの幻影を追い、頼れるラミレスの再現を狙ったこの30年間の巨人助っ人補強戦線が終わりを告げた。この戦いからの卒業。それは、とどのつまり、巨人にとっての「平成」が終わったことを意味するのである。

(了)

*本連載は今回で終了となります。ご愛読ありがとうございました。なお、本連載を大幅加筆・修正したものを6月中旬に新潮新書より刊行の予定です。

中溝康隆(プロ野球死亡遊戯)
1979年埼玉県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒。ライター兼デザイナー。2010年10月より開設したブログ「プロ野球死亡遊戯」は現役選手の間でも話題に。『文春野球コラムペナントレース2017』では巨人担当として初代日本一に輝いた。著書に『プロ野球死亡遊戯』(文春文庫)、『ボス、俺を使ってくれないか?』(白泉社)、『平成プロ野球死亡遊戯』(筑摩書房)など。最新刊は『原辰徳に憧れて ビッグベイビーズのタツノリ30年愛』(白夜書房)。

2020年3月31日 掲載

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