「大谷世代」21人のプロ入り後を検証 甲子園に出場できなかった“雑草組”が活躍

「大谷世代」21人のプロ入り後を検証 甲子園に出場できなかった“雑草組”が活躍

大谷翔平

■あの鈴木誠也も予選敗退


 いよいよファン待望のプロ野球が6月19日に開幕する。そして、この世界で現在、最も注目度が高いのがメジャーリーカー・大谷翔平(ロサンゼルス・エンゼルス)を頂点とする、いわゆる“大谷世代”ではないだろうか。

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 94年から95年かけて生まれた彼らは現在25、6歳で、まさにチームの主力となるべき年齢に差し掛かっている。

 だが、そんな大谷世代は実のところ“雑草世代”でもある。というのも、まず当の大谷自身が甲子園のヒーローではなかったからだ。

 大谷は花巻東[岩手]2年時の2011年に第93回夏の選手権、翌3年時の12年には第84回春の選抜に出場しているが、ともに初戦敗退を喫してしまった。

 そんな大谷に代わって甲子園で輝いたのが12年の春夏の甲子園を連覇した大阪桐蔭のエース・藤浪晋太郎(阪神タイガース)だった。

 これに続くのが、この大阪桐蔭の前に春夏ともに準優勝に終わった光星学院[現・八戸学院光星=青森]の打線の主軸を担った田村龍弘(千葉ロッテ)と北條史也(阪神タイガース)、そして作新学院[栃木]のショートとして2年時の夏はベスト4、翌3年時の夏はベスト8進出を果たした石井一成(北海道日本ハム)といった面々だろう。

 だが、甲子園で活躍した大谷世代の現状を見ると、お世辞にも褒められたものではないのだ。

 藤浪からしてここ3年間は8勝8敗で、なんと昨シーズンの1軍登板はわずか1試合のみだった。

 阪神でこの藤浪の同僚となった北條も17年は83試合出場、18年は62試合出場、19年は82試合出場と、今イチレギュラーの座を掴みきれていない。

 それなりの結果を出したと言えるのは、千葉ロッテの正捕手の座を勝ち取った田村くらいなのである。

 逆に甲子園に出場できなかった、もしくは出場しても目立たなかった、いわゆる“雑草組”のほうが、今や各チームの主力になりつつある。

 その筆頭格が、大谷や藤浪らと同じ12年のドラフトで2位指名された鈴木誠也(広島東洋カープ)だ。

 二松学舎大附[東京]時代はエース兼主軸打者として活躍するも、2年夏の東東京大会ベスト4が最高で甲子園とは無縁の存在だった。

 しかし、昨シーズンオフには外野手として4年連続のベストナインに選ばれるなど、今や完全に球界の顔となっている。

“大谷雑草世代”の中でも今、特に注目したいのが大卒16年のドラフト入団組だ。

 この世代がいかに大豊作だったのか、これからご紹介するが、読んでいただければ、「アレ? この選手、大谷世代なの?」と驚く方も多いハズだ。

 まずは投手からだ。真っ先にその名が挙がるのが、新鋭左腕・床田寛樹(広島東洋カープ)だろう。中部学院大[岐阜]からドラ3で入団、プロ3年目に当たる昨シーズンは規定投球回数不足ながら、防御率2・96で7勝6敗を挙げた。

 床田は強豪ひしめく大阪府の私立・箕面学園で2年生の夏予選からエースとしてチームを引っ張ったが、激戦区の壁は厚く、甲子園出場は1度もかなわなかった。


■“不運”の投手・澤田圭佑


 左腕といえば、この床田より一足先にブレイクしたのが、神奈川大[神奈川]から1位指名で入団した濱口遥大(横浜DeNAベイスターズ)だ。

 翌17年の新人1年目で二ケタ10勝6敗をマークし、新人特別賞を受賞したほどの即戦力投手だったが、出身校は県立三養基[佐賀]という全国的には全くの無名校だった。3年夏の県予選は27回を投げ、31奪三振をマークするも、3回戦で敗退している。

 続いて12年以来、8年ぶりのAクラス浮上を目指す中日ドラゴンズから、同じ左腕の笠原祥太郎の名を挙げたい。

 新潟医療福祉大[新潟]からの4位指名入団だったものの、昨年にはプロ入り初の開幕投手にも抜擢されたほどだ。

 ただ、シーズン途中で不整脈を発症した影響で登板数はわずか8試合に留まってしまった。それでも3勝2敗の成績を挙げており、今季の捲土重来が期待されている。

 地元・新潟で甲子園出場経験もある県立新津に進学し、高2の春からエースになった。だが、強豪私立の前に夏の予選では2年連続の逆転サヨナラ負けで苦杯を舐めている。

 右腕なら小野泰己(阪神タイガース)だ。富士大[岩手]から2位指名で入団し、プロ2年目の18年シーズンには開幕ローテーション入りし、7勝7敗を挙げるなど、プチブレイクを果たした。

 高校は福岡の新興勢力・折尾愛真で2年秋からエースを任されるも、1度も甲子園出場は果たせなかった。

 ここまでの4人は、いずれも甲子園出場経験がない。

 その一方で甲子園の出場経験はありながら、悲しいかな、目立っていない……というケースもある。

 その筆頭が澤田圭佑(オリックス・バファローズ)だろう。東京六大学の雄・立教大の右腕エースとして活躍しながらも、16年のドラフトでは下位指名の8位だった。

 そこからプロ2年目の18年には47試合に登板し、負けなしの5勝8ホールドで防御率2・54をマークした。

 その結果、昨年は開幕から“勝利の方程式”を担うセットアッパーに抜擢されたほど。チームにとっては貴重な戦力となっているが、高校時代の澤田は高校野球ファンにとってはまさに“不運の投手”だった。

 12年の春夏の甲子園を連覇した大阪桐蔭のメンバーだったが、エース・藤浪の影に完全に隠れる形になってしまったからだ。

 事実、3年春夏の甲子園では春1試合、夏1試合の登板のみ。それでも夏の3回戦では先発し、2失点完投勝利を挙げるなど、意地を見せつけた。

 明治大からドラ1で入団し、プロ3年目の昨季に自身初の2ケタ勝利となる11勝7敗を挙げ、防御率も3・53という好成績をマークした柳裕也(中日ドラゴンズ)も甲子園では目立った成績を残せなかった。

 実は柳は神奈川県が誇る強豪・横浜のエースとして3回も甲子園の土を踏んでいる。

 だが、最初に出た高2の春の第83回選抜大会は初戦敗退の憂き目にあい、続く2年夏の第93回選手権大会もわずか2戦目で甲子園から去ることになった。

 3度目の出場となった3年春の第84回選抜大会ではようやくベスト8まで進出するも、最後の夏は県予選のベスト8で敗退してしまった。やはり夏に活躍しないとどうにも印象が薄くなるのだ。


■不運に泣いた青森山田


 次は野手に目を向けてみよう。まず内野手では京田陽太(中日ドラゴンズ)が大谷世代の筆頭だろう。

 ドラフト2位指名で日大から入団すると、プロ1年目からショートのレギュラーを獲得、141試合出場を果たしている。

 さらに打率2割6分4厘をマークしただけでなく、セ・リーグの新人選手としては歴代2位となるシーズン149安打を放ったことが評価され新人王を獲得している。

 こうして今や中日不動のショートストップとなった京田だが、出身高校は青森の強豪・青森山田である。

 21世紀に入ってからは、この青森山田と冒頭で触れた北條史也擁する八戸学院光星が、青森の高校野球界の2強を形成している。

 京田が在籍した3年間で八戸学院光星が4度も出場したのに対し、青森山田は全国の晴れ舞台を一度も踏むことはなかった。

 ちなみに16年ドラフト組から遅れること2年、大学から社会人を経由して入団した18年ドラフト組の内野手・木浪聖也(阪神タイガース)はこの京田と同じ青森山田出身である。

 木浪は昨年新人ながら113試合に出場し、98試合でショートを守った。打っては95安打で打率2割6分2厘、4本塁打、32打点とまずまずの活躍を見せた。

 つまり、京田&木浪という後のプロ入りコンビが同級生だったのに、同校は1度も甲子園の土が踏めなかったワケだ。つくづく不運なチームであった。

 続いては、大学時代に中京学院大[愛知]のショートとして活躍、先の京田と当時の大学球界で1、2を争う内野手との高評価を受けていた16年のドラ1・吉川尚輝(読売ジャイアンツ)の名が挙がる。

 京田がプロ1年目で新人王を獲得したのに対し、吉川のプロ1年目はわずか5試合の出場に留まってしまった。

 だが、プロ2年目の18年には正セカンドとして開幕スタメンを奪取し、8月に左手骨折で戦線離脱したものの、92試合に出場した。

 18年の成績は、打率2割5分3厘、4本塁打、29打点、11盗塁をマークするなど、今やチーム期待の若手内野手となっている。

 その吉川の高校は地元・岐阜県の強豪である中京[現・中京学院大中京]で、1年夏からサードの、続く秋からはショートのレギュラーとして活躍した。それでも予選の最高成績は3年夏の準決勝敗退という結果だった。


■ドラフト9位だった佐野恵太


 この吉川と同じ内野手でドラ1入団したのが、今やチーム待望の右の和製大砲として期待されている大山悠輔(阪神タイガース)だ。

 プロ2年目の18年に、学生時代の本職であったサードを任されるようになると117試合に出場し、打率2割7分4厘、11本塁打、48打点を記録し、ブレイクした。

 続く昨季も開幕から105試合連続で4番打者に起用され、全143試合に出場し、チームトップの14本塁打、打率2割5分8厘、76打点という好成績を残している。

 まさに覚醒まで待ったなし!――という感じだが、つくば秀英[茨城]時代の高校3年間は、2年夏の県ベスト8が最高成績だった。エースで同学年の中塚駿太(埼玉西武ライオンズ)と投打の両輪を担ったものの、聖地への道は遠かった。

 二人とも高校卒業後は白鴎大[栃木県]へ進学、ドラフトで上位指名されるまで成長したというワケだ。

 最後に外野手だ。まず触れたいのは田中和基(東北楽天ゴールデンイーグルス)である。ドラ3位で立教大からプロ入りし、2年目のシーズンとなる18年に大ブレイクした。

 この年の5月下旬から1軍に合流すると“1番・センター”に定着し、105試合に出場を果たしたのだ。

 結果、打率2割6分5厘、18本塁打、45打点、21盗塁をマークし、なんとチーム史上3人目、野手としてはチーム史上初の新人王を獲得している。

 そんな田中は高校時代、西南学院[福岡]の正捕手としてチームを牽引、主に1、3番の上位打線に座り、スイッチヒッターの打てる捕手として活躍した。ちなみに対外試合では右打席で10本、左打席で8本の通算18本塁打を放っている。

 だが、九州国際大付を筆頭に強豪ぞろいの激戦区を勝ち抜くことは容易ではなく、最後の3年夏の県大会も9打数3安打の活躍及ばず、3回戦で福岡大大濠の前に1-8で敗退している。

 チーム不動の主砲だった筒香嘉智(28)がメジャーリーグ(タンパベイ・レイズ)へ移籍してしまった横浜DeNAベイスターズで、その後継候補No.1と目される佐野恵太は強豪校にいながら不思議と甲子園とは縁がなかった1人である。

 その高校というのが、春の優勝と準優勝が各3回、夏は準優勝4回を誇る広島の名門・広陵だ。チームは佐野が高1夏時に甲子園に出場しているが、本人がベンチ入りを果たしたのは2年時からだった。

 当初は内野手だったが、のちに捕手に転向し、チームの司令塔として活躍するも、県予選の最高成績は1年秋のベスト4留まりであった。

 高校卒業後に明治大に進学し、16年のドラフトで指名されたものの、なんとその順位は9位という超絶下位指名だった。

 そこから這い上がり、プロ3年目となる昨シーズンは8月中盤から一時期4番打者に抜擢されるなど、89試合に出場して打率2割9分5厘、5本塁打、33打点を記録している。今季からはチームの主将に任命されており、主軸としてのさらなる飛躍が期待される。


■まだまだ逸材が?


 15年のドラフト5位で入団した西川龍馬(広島東洋カープ)も敦賀気比[福井]時代の3年春に甲子園出場を果たしているが、初戦敗退組である。

 丸佳浩(31)が巨人へFA移籍したことで昨年は外野にコンバートされたが、打率2割9分7厘、16本塁打、64打点と活躍し、レギュラーの座を不動のものにした。

 また、18年ドラフトでは高校、大学、社会人を経て1位で入団した近本光司(阪神タイガース)もいる。新人ながら昨年のセ・リーグ盗塁王に輝き、新人特別賞を受賞し、今や大谷世代を代表する外野手の1人となった。

 その近本も高校時代は激戦区・兵庫県の県立社で投手として活躍、県予選では2年夏と3年夏に連続してベスト8までチームを導くも、惜しくも甲子園には手が届かなかった。

 やはり大谷世代は、甲子園のスターより雑草軍団のほうが活躍していることが、お分かりいただけるだろう。

上杉純也

週刊新潮WEB取材班編集

2020年6月15日 掲載

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