指導者が変わらなければいけない時代――4年ぶりのセンバツ準々決勝で福岡大大濠・八木監督が下した英断〈SLUGGER〉

指導者が変わらなければいけない時代――4年ぶりのセンバツ準々決勝で福岡大大濠・八木監督が下した英断〈SLUGGER〉

エース一人に頼り切りになるのではなく、複数の投手を育成して大会に臨む。八木監督(写真)が見せた変化は高校球界の進化を暗示していた。写真:塚本凛平(THE DIGEST写真部)

4年ぶりとなる大舞台での采配に、指揮官の変化を感じずにはいられなかった。

 福岡大大濠の監督・八木啓伸はこの日の決断を当たり前のことのように振り返った。

「(エースの)毛利(海大)は精神的にも肉体的にも疲れが少なからず残っているので、馬場(拓海)を先発させました。昨年の秋、馬場はこういう場面で投げていましたし、また彼にとってもいい経験ができるはず。総合的に考えて先発を馬場にして、ゲーム展開次第で毛利が控えるという考えでいました」

 これまでの2試合で好投したエース毛利の先発を回避。1、2回戦で計287球を投じていたこと。そして、ここから先の戦いを見据えて大英断を下したのだった。

 その馬場が東海大相模打線に打ち込まれ、福岡大大濠は0対8で敗れた。結果を振り返れば、八木監督の決断は失敗になるわけだが、そこだけを見ていては、現在の球界の状況を理解しているとは言えない。八木監督の決断は、4年前とは好対照だった。
  2017年のセンバツで、福岡大大濠は今回と同じようにベスト8進出を果たした。そして、同じように準々決勝ではエースの登板を回避したのだが、当時とは状況は異なる。

 当時の八木監督は一人の投手に頼り切った采配で勝ち抜こうとしていた。

 当時のエースだった三浦銀二(現・法政大)は1回戦の創志学園戦で先発すると149球の完投勝利。4日後の2回戦・滋賀学園戦でも先発したが、延長15回引き分けとなった試合を、最後まで一人で投げ切った。その試合の球数は196球。さらに八木監督は、翌々日の再試合でも三浦を先発・完投させたのだ。5対3で勝ったものの、その日の三浦の球数は130球に達した。

 三浦が力投するタイプの投手ではなかったとはいえ、明らかに苦行だった。指揮官の勝利至上主義と選手のポテンシャルに頼り切った起用であると、疑問を抱かざるを得なかった。

 筆者は当時の取材現場ではもちろんこの問題を提起したし、自著『甲子園という病』でも、こう断罪した。

 <そもそも、福岡大大濠の三浦が190球以上投げた翌々日にも先発した理由は、2番手以降の投手を作ってくることができなかったからだ。つまり、指導者に責任がある。前年秋の公式戦で、八木監督は三浦以外の投手を一人も登板させなかった。地域の予選では少し登板させたようだが、福岡大会、九州大会、神宮大会と目先の試合で勝利することに突っ走り、安定感のある三浦だけをマウンドに立たせてきたのである。>
  もっとも、八木監督を槍玉にあげようという意図があったわけではない。どんな指揮官も甲子園に来れば勝利を目指す。私学となれば、周囲からの期待も背負っているだろう。結果を残したい気持ちは理解できる。

 しかし、育成年代の選手を預かっている以上、勝敗を度外視してでも守らないといけないことがある。何とか八木監督に変わってほしいという願いがあったのだ。

 この後、日本高野連は少しずつ改革へのペダルを踏み始める。18年にタイブレーク制度導入。実は、これには三浦が出場した17年のセンバツが関係している。この大会では三浦の他に3人の投手が190球以上を投じるなど異例な事態が起きたからだった。さらに18年には、金足農の吉田輝星(現日本ハム)が県大会から甲子園の決勝戦の5回までを一人で投げ抜く激投を繰り広げたことで、投手の登板過多をめぐる議論が加速度的にヒートアップしていった。

 まずこの年、新潟県高野連が独自の球数制限制度導入を発表。これは翻されるが、20年から1週間500球の球数制限のルールが適用することになったわけだ。

 こうした中で、八木監督も考え方を変えていったわけである。彼はこう話している。
 「球数制限や日程の問題があり、エース一人で投げ切ることは物理的に難しくなってきていると感じています。投手は枚数が多くいるに越したことはないですし、これからの指導者に求められているのは、エースをどのタイミングで投げさせていくかではないかと思っています。うちは今日、馬場ができるだけ長いイニングを投げて勝つことを前提にしていました。その中で、毛利がいかに次の戦いのではいい状態で投げて勝っていけるか。そう考えるようになりました」

 今大会、複数投手を登板させる指揮官は増えた。

 この5年間で世間の情勢も変わり、新たなルールも導入された。指導者に求められるものも、それに伴い様変わりしているということなのだろう。

 もちろん、今大会に出場している指導者が全員、八木監督のような考えになっているわけではない。得点差があっても、登板過多と思える球数であっても、エースに頼り切る指揮官が存在する。

 だが、いずれ指揮官が変わらなければいけない時が来る。4年ぶりに帰ってきた八木監督が今大会で見せたように。その変化が高校野球界を進化させる。

取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)

【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『スラッガー』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園という病』(新潮社)、『メジャーをかなえた雄星ノート』(文藝春秋社)では監修を務めた。

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