「実はメジャーからやってきた」「引退後はあのスラッガーの手に」――ノムさんと苦楽を共にしたヘルメットの物語<SLUGGER>

「実はメジャーからやってきた」「引退後はあのスラッガーの手に」――ノムさんと苦楽を共にしたヘルメットの物語<SLUGGER>

ノムさんのヘルメットの写真(©DUGOUT Pictures)。こちらはノムさんが自宅に保管していたものだ。

昨年2月10日に亡くなったノムさんこと野村克也氏の自宅には、現役時代に使っていたヘルメットが保管されているという。今も西武の球団旗に描かれている白いライオンのマークが入り、懐かしのライオンズブルーに塗られたそれは、ところどころ塗装が剥げていたり、黒ずんでいたりして、まさにノムさんがボロボロになるまでプレーした現役晩年をよく表しているように思う。

 ところで、ノムさんのヘルメットとして世に知られているものはもう一つある。こちらはすでに別の人物が所有しているが、ノムさんの現役時代を象徴するような、波乱万丈のストーリーが背景にある逸品である。
  ノムさんがこのヘルメットを手に入れたのは、1970年シーズンが開幕する前の3月に行なわれた、MLBサンフランシスコ・ジャイアンツとの日米野球でのことだ(当時はMLB選抜ではなく単独チームが来日して日本選抜と戦う形式だった)。この時すでにパ・リーグを代表するキャッチャーであり、南海ホークス(現ソフトバンク)のプレーイング・マネジャーに就任したばかりだったノムさんは、もちろん日本側の選抜メンバーに選ばれた。この際、ノムさんはジャインツのベンチで、自分の頭にピッタリ合うサイズのヘルメットを発見。他の選手よりも頭が大きく、サイズの合わないヘルメットを無理やり着用していたノムさんは、ジャイアンツの用具係に頼み込んでそれを譲り受けたという。

 このヘルメット、果たして誰のものだったのかは判然としないのだが、メジャー史上最多の通算762本塁打を放ったバリー・ボンズの父、ボビー・ボンズのものだったという“都市伝説”もささやかれている。この説には「ボンズも同じ右打ちで、かつノムさんと同じように頭が大きかったことで知られていた」という、あまり強固とは言えない根拠が付されているのだが、これが万が一本当なら、なおさらドラマティックな由来を持っていることになる。

 ともあれジャイアンツからヘルメットを譲られたノムさんは、南海のグリーンに塗装し直して着用。その後10年にわたって愛用し続けた。手に入れた直後の70年には、東映フライヤーズ(現・日本ハム)の大杉勝男と激しい本塁打王争いを繰り広げ(2本差の42本で惜しくも2位)、72年にはその大杉と並んで5年ぶりの打点王にも輝いている。73年に強豪・阪急を「死んだふり優勝」で破ってシーズンMVPに輝き、この年V9を達成する巨人とも日本シリーズで死闘を繰り広げた時も、このヘルメットとともにあった。
  77年オフに兼任監督を解任され、南海を退団した後も、ヘルメットはノムさんと苦楽を共にした。当時の金田正一監督に誘われて、ノムさんは78年にロッテに移籍。ヘルメットもロッテの黒に塗り直された。監督から一兵卒の立場に戻ったことで、ノムさんもこの時はいろいろと苦労したらしい。金田監督は当初「若手にいろいろ教えてやってくれ」と言っていたが、いざ若手にアドバイスをするとコーチ陣から煙たがられ、金田監督は前言を翻して「やめてくれ」と言い出したという。

 結局ロッテを一年で去ったノムさんは、「ボロボロになるまでやりたい」と、翌年は西武へ籍を移した。すでに打撃には往年の面影はなかったがインサイドワークは健在で、松沼博久・雅之の兄弟や、森繁和ら若手投手陣に大きな影響を与えたという。翌80年限りでノムさんは現役に終止符を打ったが、この年のオールスターに監督推薦で出場した時も、8月1日に史上初の通算3000試合出場を果たした時も、ライオンズブルーに塗られたヘルメットは最後までお供を務めていた。
  ノムさんの引退後、このヘルメットはしばらく西武の倉庫の中で眠っていたが、ひょんなことから清原和博の手にわたることになる。清原は85年のドラフト1位で入団した際、サイズの合うヘルメットがなかったため、これが支給されたのである。以降は清原も、移籍するたびに塗装し直してこのヘルメットを使い続けた。巨人時代の2005年には、交流戦で山口和男(オリックス)から頭部死球を食らった際に、塗装が剥げて青い部分があらわになったこともある。08年にオリックスで引退した後も大切に所有しており、今年2月にはいまだにピカピカの状態の写真をツイッターで公開してノムさんを偲んだ。

 世の中に野球のヘルメットは数あれど、ここまで数奇な運命をたどったものは極めて稀だろう。ノムさんは鬼籍に入ってしまったが、このヘルメットに込められた物語は、ノムさんの偉大な足跡とともに、いつまでも語り継がれていくはずだ。

文●筒居一孝(SLUGGER編集部)
 

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