前代未聞のセンバツ決勝志願降板。近江のエース山田陽翔に見る「高校野球の采配」の在り方

前代未聞のセンバツ決勝志願降板。近江のエース山田陽翔に見る「高校野球の采配」の在り方

大阪桐蔭とのセンバツ決勝3回。近江のエース山田はベンチへ自ら投手交代を告げてマウンドを降りた。写真:塚本凛平(THE DIGEST写真部)

今大会、獅子奮迅の活躍を見せてきた近江のエース山田陽翔が、マウンド上からベンチに向けた仕草を見て、鳥肌が立った。

「結果はホームランでしたけど、それにかかわらず、松尾(汐恩)くんで交代させてもらおうと思っていました。初回からボールが指にかからなくて……。2回が終わった時には星野(世那)にキャッチボールしといてくれと言いました。自分から降板を志願したのは初めてです」

 甲子園という舞台、高校野球という精神性や感動が讃えられる世界にあって、自らマウンドを降りる投手は見たことがなかった。それほどまでに、山田の状態は良くなかったのだ。

 自分のボールが投げられないという事実。

 みんなに申し訳ないという責任。

 彼がチームと監督、あるいは世間から背負わされてきたものを思えば、その光景はあって欲しくないものだった。あれほど高校球児を追い詰めてはいけない。そう思うと、鳥肌が立った。

 とはいえ穿った見方をすれば、これで良かったのだとも思う。
  かつて、甲子園でスローボールしか投げられないことを分かっていながら、それでもマウンドに立った男がいた。

「マウンドに行けば、アドレナリンが出てなんとかできると思ったんです」

 しかし、その男は指先に力を入れることができなかったばかりか、自ら降板を志願することもなかった。「甲子園という舞台に申し訳ない」気持ちがあったからだ。

 女房役の捕手がベンチに交代を懇願し、ようやくその男はマウンドを降りることができた。

 その例を思えば、自分の状態を理解していた山田本人が「決断」をしたことは、ある意味でよかったのかもしれない。

 ここ数年、高校野球界は変化の一途を歩み始めている。日本高野連の遅すぎる改革に待ちきれず、行動を起こす指導者が増えてきているのだ。

 そのうちのひとつが、2019年夏の岩手大会決勝で、大船渡の佐々木朗希(現ロッテ)が登板回避だ。大船渡の國保陽平監督はエースの将来を考え、無理をさせなかった。この決断は賛否両論を巻き起こしたが、結果を見れば、現在のプロ野球ファンは160キロを超える彼の剛速球に狂喜乱舞している。
  指導者だけではない。選手の意識も少しずつ変化している。昨年のセンバツで、準決勝の登板を回避した天理のエース・逹孝太(現日本ハム)はこういったものだ。

「この1試合だけでよければ投げることはできた。でも、僕は長く野球をやりたい。メジャーリーグを目指しているので、無理をするのはこの試合ではないと思った」

 達と同じように、山田の降板志願は、いわば今の高校野球界の変化の証とも取れるのではないか。今回のセンバツは、変化するものと変化しないものとがくっきり分かれた大会とも言えた。

 1回戦で花巻東、2回戦で明秀日立を破った市立和歌山は、準々決勝の大阪桐蔭との一番で、それまで2試合を完投していたエース米田天翼を先発させなかった。

 結果は0対17の大敗。しかし、半田真一監督は試合後、こう語っている。

「できるだけ米田は投げさせないでいけたらと思っていました。今日までエースに頼っていたら、米田にしか頼れなくなってしまうと思うんですね。淵本(彬仁)は甲子園初先発の相手が大阪桐蔭さんでプレッシャーが大きかったと思うんですけど、そういう思いも込めて先発をさせました。試合には負けましたが、経験するのとしないのとでは違いますし、全国優勝を常に目指しているチームの力を知るということが選手には大きいと思います」
  どの指揮官も勝利を放棄しているわけではない。

 一人の投手では勝ち抜けない大会になっていると誰もが感じている。そのなかで指揮官にできるのは「一人の投手と心中する」のではなく、複数の投手を使いながら、大事な場面ではエースに託す戦いをすることなのだ。

 近江の山田が降板をしたのは、身体のどこかに痛みが走ったからではない。これ以上登板を続けていても、抑えるのは不可能だろうと感じてのものだった。

 勝利を考えた時に、エースが疲弊するまで投げさせるのか、それともエースを大事な試合で、それでも良いコンディションで投げさせるのか。それを熟考するのが指揮官の役目なのであろう。

 今大会はそういった意味で、エースがすべての責任を負うことなく敗れたチームは少なくなかった。これは時代の変化と言っていい。

 スローボールしか投げられなかった選手の高校と選手名はあえて伏せさせてもらったが、その選手のチームがいた監督も、今大会は試合の最後をエース以外に託して敗れている。

 近江・多賀章仁監督は今日の試合後、こう語っている。

「今日、山田を先発は回避すべきだったと思う。ここまで彼で勝ってきましたので、何とかと思ったんですけど、この夏もそうですが、将来を見据えた時に、今日投げさせるのは間違いだった」

 ベテランの多賀監督が、今大会を通して何を感じたかは想像に難くない。
 
 今大会、指揮官をも泣かせたほど獅子奮迅だった山田の降板志願をどう思ったのか。その答えの先に、高校野球の今後の采配のあり方が見えてくるのではないだろうか。

取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)

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