いずれは日本の高校生も対象に? MLBが構想する「インターナショナル・ドラフト」の“理想と現実”<SLUGGER>

いずれは日本の高校生も対象に? MLBが構想する「インターナショナル・ドラフト」の“理想と現実”<SLUGGER>

タティースJr.も警鐘を鳴らす国際ドラフト導入。いったいどんな影響力を及ぼすのだろうか。(C)Getty Images

予定より1週間遅れで日本時間4月8日、MLBは開幕を迎える。昨年オフからの労使交渉の長期的な泥沼化を避けられたのは何よりだが、ある重要なテーマが7月25日までの「継続審議」となった。インターナショナル・ドラフトだ。

 現状、アメリカ、カナダ、プエルトリコに居住して「ルール・フォー・ドラフト」、いわゆる新人ドラフトの対象になるアマチュア選手以外は、インターナショナル・フリー・エージェントとして各球団と自由に契約できる。だが、このインターナショナル・ドラフトでは現行のMLBドラフトと同様に全体1位指名権を持つ球団から順に選手を獲得し、しかも契約金の上限も設けるシステムである。

 このアイデア自体は約20年前から議論されてきたが、今回、労使交渉がまとまりそうな段階でMLB機構側が議題として持ち出した。その“見返り”としてFAのクオリファイング・オファー(※FAとなった選手に、球団側は1年契約の残留申請を出せる制度。該当選手が他球団に移籍した際、各球団の経済規模に応じてドラフト指名権などが譲渡される)の撤廃を掲げたが、選手会は受け入れなかった。

 とりわけ反対の声を挙げたのが、中南米の選手たちだ。ドミニカ共和国出身のフェルナンド・タティースJr.(サンディエゴ・パドレス)は、現地メディア『El Caribe』にこう話している。

「インターナショナル・ドラフトはドミニカの野球を殺すものだ。我々に大きな影響を及ぼすだろう。これまで多くの若手選手が契約金を得てきたが、ドラフトが導入されると状況は同じではなくなる」
  現在、メジャーリーガーの3分の1をラティーノが占めている。その多くがドミニカ共和国とベネズエラの出身者だ。彼らは母国で「プログラム」や「アカデミー」と言われる組織で才能を育まれ、16歳になるとMLB球団と契約できる。

 ドミニカの貧困や、国家崩壊危機が続くベネズエラの現実は、日本人にとっては想像し難いものだろう。ドミニカではバラック小屋のような居住環境に置かれた家族も珍しくなく、ベネズエラでは「バリオ」と言われる貧民街に多くの人が暮らしている。

 そうした場所で暮らす少年にとって一攫千金の手段は限られ、バットで明日を切り開こうと考える者が多くいる。MLB球団と契約できれば、家族に家を買い与えられ、両親や兄弟を含めて人生が一変するからだ。ドミニカにあるMLB球団のアカデミーを訪れると、多くの若手選手がそう話していた。

 こうしたシステムの根底を支えるのが、「ブスコン」や「トレーナー」と言われる者たちだ。日本語では「ブローカー」や「仲介人」「野球オヤジ」とも訳されるが、その中身はまさに玉石混交と言える。

「優秀な選手を発掘し、知り合いのスカウトを通じてメジャーリーグに売り込むんだ。入団が決まった場合、契約金の10%を手にすることができる」

 2013年2月にドミニカのエスタディオ・キスケージャの裏にある空き地を訪れた際、ボストン・レッドソックスの帽子をかぶった中年男性が、13歳くらいの少年たちを練習させながらそう話した。いわゆる「ブスコン」だ。 16年3月に訪れたベネズエラのアカデミー「ロス・ピノス」には、当時13〜17歳の20選手が在籍していた。3人のスカウトが全国から優秀な少年をスカウトし、5人のコーチが指導する。9選手が寮生活を送り、費用はすべて無料だ。

 その代わり、彼らがMLB球団と契約した際には契約金の30%がアカデミーに渡る。イメージとして、ロス・ピノスは日本の強豪高校野球部に近い。違いはお金のやり取りに関する部分だろう。

 当時取材したエドウィン・オチョアという内野手は、17歳の時に1万ドルの契約金でシンシナティ・レッズに入団した。その後の足跡を追うと、同年6月にドミニカのサマーリーグでプレーし始めたが、23試合で打率.189とアピールできず、8月末にリリースされている。これもラティーノの現実だ。タティースJr.のように82.5万ドルで契約してスーパースターになり上がる者もいれば、オチョアのように誰にも知られないまま数か月でクビになってしまう選手もいる。

 中南米には才能を持った少年が無数にいて、MLBにとって文字通り“宝の山”だ。対してラティーノからすれば、たとえマイナー契約でも家族の生活を一変させられるお金を得られる。とりわけドミニカは一攫千金を目指せるビジネスが限られ、野球は国を象徴する産業だ。

 多少問題はあっても、現行のシステムは選手、MLBの双方にとって「ウィン・ウィン」と言える仕組みとして存在している。タティースJr.はそんな現状を壊しかねないインターナショナル・ドラフトに反対の声を挙げたのだろう。
  一方、ルールの隙をつくような行為が横行していることも、公然の秘密として知られている。MLB球団のスカウトは10歳くらいから優秀な少年に唾をつけ、「16歳になったら契約しよう」と口約束を交わす。いざその時が来たら、契約金を下げようと交渉してくる球団もあるという。

 対してブスコンは、10代前半の選手に禁止薬物を使用させる場合もあるとも言われる。彼らは、お金を得るために手段は選ばない。倫理的に考えれば許されない行為だが、ドミニカの貧困層が置かれる環境は日本人が想像できないほど厳しく、野球くらいしかなり上がる手段がないのも事実だ。MLB球団と契約するには16、17歳と若いほど有利と考えられ、年齢詐称疑惑が尽きないのもそのためと考えられる。

 MLBはこうした行為を問題視し、インターナショナル・ドラフトを導入しようと考えている。20ラウンドの指名順位ごとに契約金が定められ、MLB公式サイトによれば全体1位の契約金は525万ドルだという。「上位選手は現状より多くの金額を手に入れられる」とMLBは主張するが、お金の流れをコントロールしたいとの思惑も見え隠れする。

 過去を振り返ると、かつての自由競争からMLBの新人ドラフトに組み込まれた地域もある。カリブ海にありながらアメリカの自治領という特殊な位置づけのプエルトリコは、1990年から新人ドラフトの対象となった。ロベルト・クレメンテが活躍した頃からカルロス・コレアがミネソタ・ツインズとで3年1億530万ドルで契約を結んだ現在まで、プエルトリコは数多くのスター選手を輩出してきた重要地域だ。 筆者は2019年に現地を訪れた際、アマチュア選手がドラフトの対象に組み込まれた影響を取材テーマのひとつに掲げた。「カルロス・ベルトラン・アカデミー」でディレクターを務めるエドウィン・マルドナード、「ネクスト・レベル・アメリカ・アカデミー」の創設者ペドロ・レオンともに「素晴らしい」という答えだった。ドラフトの対象になったことでMLBと契約する選手数は減った一方、「プエルトリコ人にとって選択肢が増えた」と両者は理由を挙げた。以下、レオンの弁だ。

「ドラフトの対象になる以前は、まだ準備のできていない選手がMLBと契約していた。本来は少年の頃から然るべき準備を行い、成熟した男になってからプロになるべきだ。1、2年でクビになるようでは意味がないだろ? しっかり英語の準備をしてアメリカのカレッジに行けば、ドラフトで指名されてより多くの契約金を手に入れることができる。それが、我々が持っているオプションだ。ドミニカ人は持っていない」

 プエルトリコの対象は「ルール・フォー・ドラフト」であり、ドミニカやベネズエラとは置かれた状況が異なる。だが、インターナショナル・ドラフトの導入を考える際、レオンの指摘は参考になるだろう。 MLB公認代理人で、米国オクタゴン社の野球部門環太平洋部長・長谷川嘉宣はエージェントの立場からこう語る。

「アメリカの高校生がドラフトにかかる場合、『そういう契約金になるなら、僕は大学に行きます』という選択肢もある。いわば、交渉材料があるわけです。例えば現在の能力的には下位指名だとしても、その順位のスロットバリュー(順位ごとに設定された契約金)では獲得できないから、欲しい球団は上位指名にして高い契約金で獲る。そうした選択肢が選手側にもあるわけです。

 でも、ドミニカやベネズエラの場合は違います。インターナショナル・ドラフトになると、ある意味で“絶対評価”になります。『この選手はこういう能力だから、この金額』となるけれども、実際問題として交渉の材料が一切なくなる。今は少なくとも、30チームと話をすることはできます。確かに金額の上限が決まっているとはいえ、球団ごとの環境も含めて選手に選択肢があります。それがドラフトになると、一気になくなる。そういう意味で反対意見もあるでしょう。いずれにせよ、我々が考えるより奥深い問題があると思います」

 長谷川部長が言うように、確かに“部外者”が簡単に口を挟みにくい問題ではある。ドミニカにとって野球は主要産業であり、誇るべき文化で、貧困を脱出する手段だ。ベネズエラにとっても似たような意味合いがある。

 ただし、インターナショナル・ドラフトは日本にとって無関係というわけではない。例えば大谷翔平クラスの選手が高校卒業後にメジャーを目指したいとなれば、その対象になることも考えられる。もちろん、大学や社会人のトップ選手にも関わる可能性がある。

「ドラフトをいつやるかによっても、影響は変わってくると考えられます」

 長谷川部長がそう話すように、例えば日本のドラフトが行われる10月より前にインターナショナル・ドラフトが開催される場合、日本の学生で対象となる選手はいつまでに退部届を提出すればいいのか。時期によっては、高校生が夏の甲子園に出場できないケースも考えられる。NPBだけでなく、日本高校野球連盟にも関わってくる話だ。

 以上はあくまで可能性の話で、インターナショナル・ドラフトは中南米諸国を主な対象とする制度だ。ただし、いずれはその名の通りアジアにも及び得るものだと頭の片隅に入れておいた方がいいだろう。

 議論が再開された時、どういう方向に向かっていくのか。その着地点を注視していきたい。

取材・文●中島大輔

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