大谷翔平らも悩ませる“誤審”。アメリカで進むロボ審判導入は必然か? 「審判の権威低下」の意見は本末転倒だ<SLUGGER>

大谷翔平らも悩ませる“誤審”。アメリカで進むロボ審判導入は必然か? 「審判の権威低下」の意見は本末転倒だ<SLUGGER>

今季はストライク/ボールの判定を巡って物議を醸すシーンもある大谷。球界屈指の偉才を悩ませるジャッジを巡る問題は、根深いものとなっている。(C)Getty Images

今季ここまでのMLBとNPBで共通するキーワードがある。それは「判定」であり「審判」だ。

 大谷翔平(ロサンゼルス・エンジェルス)の打席で首を傾げたくなるストライクを巡る判定は、再三日本のメディアでも紹介された。さらにボール判定に不服な態度を見せた佐々木朗希(千葉ロッテ)に対する白井一行球審の対応は、ワイドショーでも取り上げられるほどクローズアップされた。ジャッジの精度だけでなく、審判の権威や尊厳についても考えさせられた開幕後の1か月だった。

 アメリカでは審判の「ロボット化」は確実に進んでいる。球審がAI判定を参考として最終的なジャッジを下すというもので、完全な自動化ではないが、MLBは提携先の独立リーグでの実験を経て、2021年以降傘下マイナーリーグでも限定的ではあるが運用されている。

 もっとも、そう遠くないうちに実現するであろうMLBでの採用は、個人的には間違いないと思っている。しかし、導入したからといって全ての問題が解決するのだろうか?

 考察するには、二つの視点が必要になる。まずは、選手や球団側からのもの。そして、もうひとつはファンの視点、野球の将来にとっての是非だ。

 先に現場の視点から述べてみよう。
【動画】これがストライク? 大谷翔平に対する“不可解ジャッジ“をチェック
 私は2019年の夏にロボ審判をはじめとする数々の新ルール実験を行なう米アトランティック・リーグを取材した。二都市で3球団をカバーし、各球団GM、監督、コーチ、選手、OB、審判ら10数人にインタビューした。

 その際の意外な発見は、彼らが概ねロボ審判に好意的だった点だ。その理由の多くは「安定性」だった。ストライクゾーンの判定は、「正確」であることより「安定」していることが大切だというのだ。

 ある投手は、「ロボ審判のストライクゾーンは球場により微妙に異なる」と語った。なぜなら、球場は全てが異なっており、判定デバイスの取り付け位置は完璧に同じではないからだ。しかし、彼は「それ自体は大した問題ではない」という。それよりも、「ある微妙なコースがその日ストライクと判断されるなら、初回から最終回まで終始そうであることが重要」とも主張した。裏を返せば、人間の審判が判定している以上、現実はそうではないのである。

 ストライクゾーンを巡る投手と球審の駆け引きこそ妙味という意見もある。制球力に自信がある投手は、まず微妙なロケーションに寸分たがわず連続して投げ込む。すると、球審はその制球力に敬意を表しそこをストライクとコールする。名手はそうやってその日のストライクゾーンを広げていく、といった類の話だ。

 取材中、ある投手コーチにこの話を投げ掛けた。すると彼は、「ははっ(笑)。そんなこともあるのかもしれません。ですが、それよりも遥かに大切なのはコールが安定していることです」と一笑に付した。

 ストライク/ボール判定に限らず、ビデオリプレーやAI判断を用いる判定精度の向上は、公平性の担保という意味で選手や球団にとって良いことなのだろう。

 しかし、それで野球がより面白くなるかどうかは別問題だ。 野球の長い歴史では、判定に関する多くの事件やドラマが生まれた。詳述こそしないが、NPBでの「円城寺、あれがボールか秋の空」やMLBでのアーマンド・ガララーガの幻の完全試合などは、人のプレーを人が判断するために生まれた“ドラマ”だった。

 現在のMLBで毎試合繰り返されるビデオリプレーは、最終的な判定の精度を上げた。それは事実だが、一方でより魅力的になったとは言い切れない。個人的には、怒り心頭の相手を迎え撃つ審判の丁々発止や、タイミングをわきまえた監督の引き際を見ている方が興味深かった。

 投球判定も含めてあらゆるプレーが高性能カメラでしっかり確認できる時代ではある。審判の肉眼でのジャッジにこだわり続けるのは無理があるように思える。「審判による判定が最終にして絶対」や、「誤審もゲームの一部」という意見は、他に選択肢がない状況下でこそ意味を持っていた。

 デジタル技術が確信的な進化を遂げている。そんな時代にあって、審判が最終判断を下すための補助として、ロボットやAIを併用するのは必然ではないか。ロボ審判を論ずる際に「審判の権威低下」が問題視されるが、彼らの権威を判定の精度より上位に置くのは本末転倒だろう。

 そもそも、電子デバイスを伴う判定を排除するという選択肢も存在する。しかし、その場合、野球は日本の大相撲のように「変わらないことに意義がある」競技になってしまうのではないか。それでも、他にも観戦スポーツの選択肢が多いなか、今後長く国民的娯楽であり続けるだろうか。
 世の中はどんどんデジタル化している。そのなかで頑なに古くからの様式にこだわるとファン層は限定され、ビジネスとしても縮少しかねない。同時にそれは選手サラリーの伸び悩み、ひいては競技者人口の減少にもつながるかもしれない。

 アラカン(還暦間際)の私は、「プレーするのも、それを裁くのも人」という様式にロマンを感じている。同タイプのファンは決して少なくないだろう。しかし、選手もファンも毎年確実に世代交代が進んでいる。物心ついた頃からビデオリプレーが当たり前だった世代の構成比がどんどん大きくなってゆく。

 電子判定への移行是非は、自動車やバイクの電動化議論に似ている。フェラーリやハーレーが電動化され独特のサウンドを発しなくなることを、今のマニアの多くは受け入れないだろう。しかし、そんな世代は確実に減っている。免許を取った時にはフェラーリもハーレーも電動化されていた、という世代が購買層の中心になる時代がきっと来る。同じことが、野球の電子判定化にも言えるだろう。

 私にとって救いなのは、年齢的にそんな時代に出くわさなくて済みそうだ、ということだ。

文●豊浦彰太郎

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